The Wizard of Science

人類学のこと、歴史・考古学のこと、航空機のこと、特許のこと、海外の言語や書籍、などなど、たまには横道にそれたりする長文が多めなブログです。

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女性の社会進出に関して歴史をかなり大まかに振り返る

ある程度普段から様々な情報に触れている人は、日本では女性の社会進出が遅れており、高齢化による労働力不足を補うためにもより大規模な女性の社会進出を進めるべきだという話をどこかで聞いたことがあるのではないかと思います。
ですが、なぜ日本は女性の社会進出が遅れていると考えられているのか?に関して、案外それほどクリアーに書かれることはありません。実は読めば割と色んなところに書いてあるのですが、書き手の得意分野の違い、思想・文化、それ以外に周りへの配慮といったものが影響して、「なんとなくは言いたいことはわかる」レベルでお茶を濁すことが多いのではないかと感じます。

ここでは私もそういった点に関して必ずしも全ての人にとってクリアーにわかるほど上手く書けるとは思わないのですが、一つの大きな歴史的観点の流れということで書いてみたいと思います。ああ、ようするにこういうことかみたいに思うところが一つでもあれば幸いです。

1、 男女の分業が昔からだという嘘
まず歴史的観点から見ると、一般的に常識と話されている「男女による働き方の分担が昔はきっちり分かれていた」という話がほぼほぼ嘘だと言っていいというところから始まります。大体は「男は狩りをやって…」の話がでるのですが、以前、このブログでもWoman as Hunterと題して「原始時代には普通に女性も狩りやってた可能性が高い」ということを書いたことがあり、これは簡単にまとめて言えば「子供を産んで育てる役割があろうがなかろうが、基礎体力があろうがなかろうが、その日の食料が取れなければ飢えて死ぬわけで、安定した食料供給が見込めないなら動ける人間はできる限り全員で狩りをやる以外にない」というのが考えられるということです。そして、残っている当時の人骨から男女ともに全般かなり鍛え上げられた体をしていたことがわかっています(細かいことを言うとまた色々ありますが……)。少なくとも女性が家庭というものを意識するのは大体人類が農業を始めて以降だと考えられるのですが、それでも別に歴史を見なくても今日の農家を知る人ならわかることではありますが、農家の女性は普通に毎日働くのが当たり前です。体力の差があって子供ができたりして労働量が変わるかもしれませんが、働ける範囲を限定する意味はない。働ける人が働く、やれることはやってお互い助け合っていく、というだけの話なのです。

2、 なぜ社会は男女を分けるようになったのか?
単純に少数で働くレベルであればわざわざ男女の労働を限定する必然性はないのですが、これが大規模集団化すると話が変わってきます。狩猟採集をやっている時点では常に獲物を求めて移動するなどの必要があるため一部の限定した状況を除き大規模集団化することが難しかったので男女分業はそこまで考えなくてよかったのですが、農業が広まり集団が社会化・組織化していくと様相が一変します。ものすごくかいつまんで言ってしまうと「大量の男性の中に女性を入れるのが危険」という事態が発生するようになるわけです。具体的にどういう危険かはある程度大人なら想像がつく範囲だと思います。この辺りの事情を最大限ぼかすため、人によっては女性の社会進出の話はなかなか曖昧な表現に終始しなければなかったりします。数人レベルならば不要だった「犯罪の管理」が必要になり、そしてどんなに管理しても人が大量にいる以上全てを防ぐことは難しい、だったらいっそ「ばっさりわけてしまおう」、そして法律や宗教思想などを駆使して縛ろうというのが根本の発想にあります。これはこれで乱暴ではありますが、社会ができてきた頃を考えると致し方ない面もあるわけで全てを否定できるものではありませんし、正確には今だって全て解決はできていません。なんにしろ、社会や宗教が男女の関係に厳しいにはそれなりの理由があることを踏まえ、続く時代を見ていく必要があるのです。

3、女性は働けない。だったら……。
労働を男性専用にし、女性は結婚させあくまで家庭にいて特定の状況を除いて労働現場に入れなくすることで一応の治安を手に入れることはできますが、これはこれで新たな問題を引き起こします。最も大きいのは労働の担い手である男性がいなくなってしまった場合。女性は労働によって生活を支えることが社会的に困難であるので、他の男性に頼るしかありません。それでも特に戦争なんてやった日には大量の未亡人が出てしまい、頼る先もなくなってしまいます。イスラム世界で男性が複数女性と結婚できるのが許されているのは、それがある程度妥当な手段であるからに過ぎません。もし、結婚という手段で頼ることができない場合は、結婚という責任は取らない範囲で男性に頼るか(明らかにアレです)、違法行為で生活費を稼ぐしかありません。基本的に不倫禁止で1人としか結婚してはいけない宗教観念を持つ欧州各国では、この(当時の基準では)違法行為を行う女性が戦争の結果激増するという事態が多発します。例えば男装して男性と同じ現場で働く女性という話が伝わっています。もし、これが公にばれると罰されるのは女性の方だったといいますから、欧州キリスト国家が複数婚姻を認めるイスラムに比して優位性云々を語るのは、なんとも難しいところです。こんな危険を冒すぐらいならと女性や子供達で盗賊になったり、大規模化して盗賊団を結成してしまう人達まで現れます。本来、治安の安定を狙った男女の分業が逆に犯罪を増やすことになる本末転倒な状況が出てきたゆえに”変わらなければいけない”と考える人たちも多く現れます。逆にある程度複数婚姻によって安定が維持できたイスラムはそのまま続いてしまったという面もあるのですが、それはまた別途機会があれば書いていきます。

3、また男たちが戦争を始めた。しかも今度のは桁が違う……
女性未亡人の問題は深刻なものだと受け止められ、改革する話は出るものの大きくは変わりません。産業革命を機に女性労働者は大幅に増加するものの、これも制限する法律が出たりして流れはできる一方で抑止する方向にも行くという両面性を持っていました。その後、この女性の社会進出の流れをより促したと考えるのは2度の世界大戦だと考えられます。この第一次・第二次の両世界大戦がそれまでの戦争と違うのは、国家の生産力を全て動員してぶつかり合う総力戦だったことです。とにかく、大量の兵士が戦場で次々に死んでいき、兵士が使う兵器は次々に使い潰され、衣食住という生活に関わるものも毎日膨大に消費されていく。こうなってくるともはや女性を限定的な場所でだけ労働させなければいけないなどと四の五のも言っていられなくなます。もちろん、国の若い男性のほとんどが戦場に行ってしまったので、女性を工場などに大規模導入してもそんなに上記の問題にならなかった、という側面もありますが。そして、戦争が終わっても男性が大量にいなくなってしまったので、女性をある程度雇用しないと国が立ち行かない。どうしても入れにくいところには外国人を雇用して補填しよう。こうして今日の欧州の姿が形作られることになります。ある意味なし崩し的ではありますが、現代の女性の社会進出を考える時に世界大戦はどうしても無視できない要素なのです。

4、 日本とアメリカ、ちょっと違う事情
さて、ここまで書いてきた話は主に欧州方面の話です。一方でアメリカ、そして我が国日本は概ねの流れとしては共通する面はあるものの違う部分もあります。まず、近代以前の日本では婚姻でも労働でも男女における分業は世界的に見ても特に庶民では割と緩く、むしろ近代化することで欧州的な男女分業が強まったところがあります。そして、世界大戦は2次にはご存知のようにかなりの被害を受けたものの1次には極々限定的にしか参加していません。アメリカは近代に欧州からの移民によってできた国ですから欧州的なマインド部分は共通するものの、世界大戦には1次は途中参加、2次でも参加しますが他の国のように本国の多くが深刻な被害を受けたわけではありません。これにより日米は欧州国家よりも女性の社会進出に関しては少し違った色彩を帯びることになります。端的に言えば欧州国家ほどに戦後すぐには女性の社会進出が進まなかった。男性はかなりの数亡くなっていたので進出するにはしたのですが程度の違いが出てしまいます。その結果、働いた経験がありながら戦後また労働現場から外される、という事態になり、戦後の好景気で仕事が増える中でも働きが制限されるというかなり矛盾した状況に困惑することになります。一般的にはアメリカはなんとなくずっと女性の社会進出が進んでいた印象があり、それはある側面では正しい物の、実際は戦後突然家庭的な女性論が台頭し、その後にそれを打ち破ろうとする動きを経たという複雑な事情があることを忘れてはいけなかったりします。


5、 日米で女性進出が違う理由
戦後、一時的に女性の社会進出が後退したものの、再び女性の社会進出が活発となったアメリカ。対して日本は確かに戦後の女性の社会進出を促す運動自体はあり小さな改善が積み重ねられたものの、アメリカほどに強烈に進まなかったことは割と広く認識されているかと思います。欧州ほど進まないのは当然にしても、アメリカと比して進まないのはいくつか理由が考えられます。まず、そもそも戦時中もアメリカほど大規模に女性を導入していない。実は工場で働く女性は日本では未婚女性、多くは若い女学生が中心だったのですが、アメリカでは年齢や結婚しているかに関わらず工場で働いていました。また、ほぼ強制だった日本と違い、アメリカは自由主義の国でしたので大規模な宣伝により自主的に工場で働こうとするように促した。これが戦後の女性の労働意識に大きな差が出たのではないかと考えられます。まあ実際わざわざ宣伝なんかしなくても開戦直後にハワイを派手に爆撃された話が駆け巡り、危機感と不安を煽られる中夫や恋人といった近い男性がみんな戦場に行ってしまい、更に工場に行けばちゃんと賃金が出てそのお金で自由に買い物ができたとあれば、そりゃみんな行くだろうし意識も高かろうということもあるんですが。日本は反対にどうしても結婚して家を守っている女性に対しては、あの大日本帝国でも、しかも国中爆撃されて切迫しまくっているにも関わらず、ほとんど動員できなかった。前例ができるとその後も「未婚のうちは働くが、結婚したら家庭に入るものだ」という認識が固まってしまいます。この意識自体は特に古くもなければ、実際は戦時中から女性はみんな働いても全く構わなかった(むしろ流れとしては働くほうにいくだろう)にも関わらず。


終わりに
もちろん、既に日本の女性の労働状況というのは変わりつつあります。結婚した後も働く人は多くなってきました。しかし、そもそも若い人が多くないこともあって、女性の社会進出に関する全体の意識は上記のような「結婚したら家庭に」という意識が強く残っています。そして、それがどういう経緯でそうなっていったのか、なぜ欧米と違うのか、という点を単純な意識論だけに留まらない大きな流れとして捉え、今後の改善なりに結びつけていければと思っています。





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テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2017/02/28(火) 21:18:04|
  2. ちょっと硬めな勉強のお話
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新年のあいさつと軍縮と対金剛級戦艦に関するアメリカ戦艦建造計画のお話

かなり遅くもはや1月も終わろうとしていますが、明けましておめでとうございます。
本年も各方面にて元気に活動していきたいと思っていますので、よろしくおねがいいたします。
このブログに関しても毎年書いてますが、方向性を見失いつつも1月1回更新を維持してがんばっていきたいと思います。
適当な時にお付き合いいただきませ。

今年は去年で色々あった結果ものすごく久しぶり(6~7年ぶり?)に集中してRPGなんぞを作ることになり、またひっそりとゲーム制作支援用にEntyをはじめました。
https://enty.jp/saizwong
実際、製作用の資金はあらかじめ用意していたので(元々VWのリメイクは機を見て行うつもりでいました)、ここで支援がなくても進行そのものには支障はないのですが、ちょっとでもあるとやる気も違えばもっとクォリティをあげる可能性もあがるので、よろしくお願いいたします。


さて、今年一発目の話題はちょっとした戦艦のお話です。
別に新説というわけでもなく、普通に一般書籍を何冊かかじっただけの浅いものなうえに「まぁそうだろうね」という結論で終わってしまうものなんですが、あの戦争が始まる前にな~にを各国やっていたのかという一端を垣間見れて面白かったので、紹介したいと思います。なるべく一般向けに書こうと思うので、知ってる人には用語なり表現がもどかしい所もあるかと思いますが、ご容赦を。

第二次世界大戦が勃発する前の1930年代。既に色々ときな臭い状況にはあり、この時点でお互いの不信感は頂点に達してはいたのですが、それでも外交交渉は根強く続いていました。
なんとか戦争を避けるためにそもそもそれを行う武器を減らそうという軍縮会議も継続しています。ようするに、いきなり自分から武器を捨てることは難しいので、国同士で話し合ってある程度の割合を一緒に減らしていこうというものです。
海に囲まれた日本として重要なのは大量の大砲を搭載する巨大な鉄の船「戦艦」なわけですが、これも当然軍縮の対象として挙がっています。
既に軍国主義の国ではあったものの、日本はこの戦艦に関しては軍縮会議の開始後、新規造船は行わない方針となっていました(研究や計画は将来の危機に備えて続きますが)。
これは色々と理由があるものの、一番大きいのはやはり戦艦の建造にしろ保有にしろとんでもないお金と燃料がかかるので、資源に乏しい日本としてはアメリカやイギリスといったお金持ち国に追従して戦艦を作り保有し続けるには限界があるというのが目に見えていたということがあります。今と違って経済力もそこまで高くなければ恐慌後のごたごたで景気が良くないということも忘れてはいけないですね。
そのため、軍備を持つにしても、どちらかというと小型の船や航空機を重視することになる……のですが、当時のアメリカにしてもイギリスにしても経済問題を抱えているのは変わらないので、軍事予算を減らす目的から戦艦を減らすか作るにしてもそれほど大きくないものにし、小型艦と航空機で補おうという方向は割と似たようなものです。

この軍縮は1921年のワシントン軍縮会議で船の排水量(トン数)や大砲の大きさに制限が加わり、その後の1930年にロンドン軍縮会議にて各条件がより厳しくなって枠から外れた船は廃艦となり、そして1935年の第二次ロンドン海軍軍縮会議へと進んでいきます。
この第二次ロンドン軍縮会議なのですが、日本としてはアメリカとイギリスに対して同等の軍備を持つこと(これまでの会議では概ね対英米7割)、そのためには全ての戦艦だけでなく、航空機を大量に運用できる新鋭の兵器として期待されていた航空母艦を全廃するというのも視野に入れていたという話も伝わっていますが、どこまで本気だったかはなんともわかりません。私としては歴史の結果から見てみればそれもよかったんじゃないかと思うのですが、国内の軍人にはかなりこの軍縮事態に反発する人も多かったらしいので難しかったのではないかとも想像します。
ともかく、日本としては軍備を縮小しつつ最大限英米との対等を実現することに固執しますが、これには英米はかなり眉を顰めます。基本的に日本は自国より少ない、これまで通りの7割程度を維持することを本会議前の予備交渉時点で要求しています。
どうにかこれまで続いてきた軍縮交渉もこの日本の固執から破たんする可能性が見えてきてしまいました。

この時、アメリカでは新型の戦艦ノースカロライナ級の建造計画が進んでいたのですが、この軍縮条約の結果が直接影響するため非常に迷います。この戦艦の建造の方針は大きく2つ。1つは既に日本は戦艦を新規で建造することはないものの、どうも今持っている古い戦艦達、特に高速を持つ金剛級戦艦、が強化改装が行われていることがわかったため、これに対抗すること(アメリカの戦艦はこれまで防御力を重視して20ノット前半しか出せない鈍足しかいませんでした)。もう一つは新たに登場した飛行機を運用する船、航空母艦に追随してこれを攻撃しようとする敵の船を撃退すること、でした。そのため、ノースカロライナ級には30ノットという巨大な戦艦としては高速が求められることになります。
さらに第二次ロンドン軍縮会議において、戦艦は主砲口径36cm砲までしか持てないことが概ね決まっていました。これまでの戦艦で最大の主砲口径は41cmでしたので、それよりも縮小することになったわけです。そのため、ノースカロライナ級も36cm砲装備として計画が進みます。41cm砲よりも36cm砲は小さく軽いので、1発当たりの威力は低く、それなら砲門数を増やそうと4連装砲塔にする計画も存在しました。実際、この条約が締結されるだろうと見込んで建造していたイギリスのキングジョージ5世級戦艦はこの36cm砲4連装砲塔を装備した戦艦として完成しており、若干遅れて進んでいた戦艦ノースカロライナの計画も同じような装備の戦艦として完成する…はずだったのですが、このわずかな遅れの時間の間に日本の固執から交渉が破綻する可能性が濃厚に見えてきたのです。

もし、日本との交渉が破綻したらどうなるのか?この場合、アメリカとイギリスの間でのみ軍縮条約が結ばれることになります。日本に配慮しなくていい分、英米は若干緩い条件で条約を結ぶことも考えていました。これは「エスカレーター条項」と呼ばれています。もし、エスカレーター条項が発動した場合、それまで36cm砲しか装備できない予定だった戦艦は41cm砲も装備できるようになり、船の大きさももっと大きくすることができます。

そんな紆余曲折の中、既に戦艦ノースカロライナの船体は船台の上で概ね組みあがっている状態でした。確かに計画の中に41cm砲を装備させた方がいいんじゃないか、という案はあったのですが、交渉は最後には締結できるだろうと予想している人も多く、36cm砲搭載案は根強く残っています。こんな状態から最終的に41cm砲搭載に推し進めたのは他でもないルーズベルト大統領の決断が大きかったと言われます。あまり他の国の首脳に比べて兵器開発に口出ししないようなイメージでしたが、やるときにはやるのかもしれません。この決定が出た時にはまだ正式に日本は脱退表明をしていなかったということで、歴史にifはありませんが、もし日本がすんでのところで第二次ロンドン軍縮会議に合意した場合、アメリカの新型戦艦が最悪廃艦になり、ルーズベルトにもいろいろと責任問題が発生していたことが考えられます。締結のデメリットは相変わらずの対英米7割維持と、数隻の戦艦の廃艦(戦艦大和も恐らく作るのは相当困難になります)、それ以外の艦艇の数と大きさの制限あたりですが、割と安いと思うのは私だけでしょうか……?
USS_North_Carolina_(BB-55)_underway_in_the_Gilbert_islands,_November_1943

さて、こうして半ば強引気味に41cm砲装備戦艦となったノースカロライナなのですが、短期間での変更は当然のように他へしわ寄せが来ます。36cm砲装備の予定だったところにより大きな砲を積むわけですから、当然重量が増します。その結果、速度は30ノットから28ノットで妥協。概ねできていた船体に装甲もそれほど施せず弱防御。仕方ないとはいえイマイチバランスの悪い戦艦として完成し、これには計画に携わっていた関係者が「当初の目的が捻じ曲げられて何がしたいのか良く分からない船になった……」とぼやいたという話が伝わります。
この経緯のため、日本も完全に脱退し、軍縮の縛りがなくなって戦争が始まることが濃厚になった時、アメリカはノースカロライナ級の改良型として同等の火力、同等の速力を持ちつつ防御力を改良したサウスダコタ級を計画。そして、金剛級をはじめとする自国より高速の日本の戦艦を圧倒でき、かつ空母の随伴も可能な本来の目的を達成し得る戦艦アイオワ級へと繋がっていくことになるのです。
一方、このようなアメリカ戦艦建造計画の流れの側で、広く知られているように日本は27-28ノットの速力を持ち、巨大な砲と重防御を誇る巨大戦艦大和の計画が進むことになるわけです。

第二次世界大戦の前には日本をはじめとする各国の果てしない軍事力増強があったというイメージがありますが、実際はどちらかというとどのように減らすのかという紆余曲折の交渉のもつれが響いています。
その結果、本当に欲しかったものではないものを持たざるを得なくなったりというのはあの巨大なアメリカであっても変わらないわけです。
若干端折り気味に書いてしまったので、もし詳しく正確に知りたい方は書籍を購入してみることをお勧めいたします。といっても大体は洋書になってしまいますが…。






テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2017/01/28(土) 13:01:48|
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実は猿は話せる?口と喉の構造解析からわかる発声能力。

今年も随分と終わりに近づいてきました。今回の記事が今年の最後となると思います。

そんな終わりになって入ってきたニュースに「猿は実は話せるのに十分な構造を持っているんじゃないか」というなかなか面白いものがあったのでここでせっかくなので書いていきたいと思います。

http://www.sciencemag.org/news/2016/12/why-monkeys-can-t-talk-and-what-they-would-sound-if-they-could

さて、一般常識としてこの世界には話すことができる猿というのは存在しません。あくまでフィクションの中での存在です。
ですが、知能的にはある程度言語を理解することが知られています。例えば、チンパンジーが与えられたおもちゃを指示されたとおりに並べたり、また手話をある程度行えるということが知られています。これを行うには高度な言語理解力が必要だということから、彼らは教育によって言語を会得することができる素質が備わっているといえます。
ですが、そのチンパンジーが人間と”声を出して会話”することはできません。これに対するこれまでの学者の回答としては「猿は人間と違って二足歩行を常に行うわけではなく、その結果、口と喉の構造が人と大きく違っているため、発声できる音の種類に限界があり、人のようには会話することができない」というものでした。
これはそれなりに説明として説得力があり、原始の人類達がいつごろから私たちと同じように話せるかの指標として口の骨格や喉の構造を比較することで判明するのではないか、という研究が行われてきていました。

ですが、今回発表されたこの論文によりますと、猿の口や喉の構造においてそういった制約があるという証拠はない、ということなのです。
http://advances.sciencemag.org/content/2/12/e1600723.full

実はダーウィンが「猿が喋れない理由」を聞かれた際に「脳の問題」と答えたことがあるのですが、それは人間よりも脳容量の少ないチンパンジーでも言語を理解することがわかったあたりから懐疑的に見られていました。
それが、逆に今回の研究によって「やっぱり脳の問題なんじゃないか」と逆転する事態となっています。
こういう逆転に次ぐ逆転があるから、人類学の研究を追いかけるというのはなかなかやめられないものです。

もし、「脳の問題」であるということが事実であるならば、この研究を率いたフィッチ博士の言葉をそのまま引用すると原始人類達がいつ話し始めたのかを骨格から判断しようとすることは「全くの無駄だった」ということになります。
私が勉強始めたころはこの「口と喉の構造問題」という話はかなり広い共通認識をもって語られていたように思うので、それが全面的に書き換わるとなると実に面白いことです。

http://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/%E3%82%B5%E3%83%AB%E3%81%8C%E8%A8%80%E8%91%89%E3%82%92%E8%A9%B1%E3%81%9B%E3%81%AA%E3%81%84%E7%90%86%E7%94%B1%E3%81%AF%E3%80%81%E5%8F%A3%E3%82%84%E3%81%AE%E3%81%A9%E3%81%AE%E3%81%9B%E3%81%84%EF%BC%9F-%E3%81%9D%E3%82%8C%E3%81%A8%E3%82%82%E8%84%B3%EF%BC%9F/ar-BBxo3qb

これを発見したやり方としてはアカゲザルの口と喉をX線で通して撮影した写真を様々な条件(声を出す、食べる、表情を変える等)を元にどれだけ動くかを解析してモデル化。そのモデルに実際の言葉をしゃべらせてみる、ということまでやったそうです。この記事を書いている時点では未確認ですが、上記の日本語記事によればウィーン大学のサイトには「Will you marry me(僕と結婚する?)」と猿のモデルが喋る声が聞けるそうです。興味がある人は探してみてはいかがでしょうか。

さて、この言語能力の話としてもう一つ過去に大きな発見として報じられたFOXP2遺伝子(英語ではフォックスピーツージーンと呼んでました)というものがあります。これは先天的な言語障害者には欠けていることがわかった遺伝子で、この存在がネアンデルタール人といった大昔の人類にも確認されたことからその言語能力を図る指標として注目されました。
ですが、上記のように口や喉の構造に言語発声能力が依存していると考えられていると、いくらFOXP2遺伝子があっても構造的に発声できないのではどうしようもないのではないか?というのが概ね主流の考え方でした。
これもフィッチ博士の言葉を借りれば「もっとFOXP2に関する研究を進めた方が有意義だ」ということになります。

あくまで予想でしかありませんが、言語発声に関する神経を発達させると考えられる遺伝子FOXP2を探れば、もしかするとこれまで考えられていたよりもかなり古い時代から(それこそアウストラロピテカス種といったこれまで言語能力がないと考えられていた種も)話すことができていたという発見があるかもしれません。

特に言語能力の発達は集団で細かい作業を行う際には必須だと考えられるため、石器の作成と発達に大いに貢献していると考えられます。最初期の石器であるオルドワン石器は初期の人類だけでなく、アウストラロピテカスも作成者として考えられており、この研究が進むことで言語だけでなく、人類の技術進化の歴史にもう一つ重要な光が点ることが考えられるのです。

とはいえ、まだまだこのX線とモデルを用いた研究方法にも反論なりある可能性があるため、全てを鵜呑みにして結論を急ぐのは尚早なのですが、新しいブレークスルーの可能性を秘めている以上、これからも注目していきたいと思っています。






テーマ:進化学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2016/12/22(木) 18:18:04|
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ラスコー展感想

前から楽しみにしていた上野国立科学博物館のラスコー展に行ってきたので、その感想を書いてみます。
ラスコーはフランスにある旧石器時代の洞窟で、当時この辺りに住んでいたクロマニヨン人達が描いた巨大で美しい動物等の壁画で有名になりました。
最も古い美術作品の1つと歴史的に貴重な存在であると同時にその数とクォリティは群を抜いていて、特に旧石器時代に興味がなくても純粋なアートとして楽しめます。
が、逆にその飛びぬけた良さが大量の観光客を呼び込み外部からの二酸化炭素等などが充満した結果、壁画が急激に劣化するという事態になってしまったので、現在は一部の研究者達や修復作業を行う人員以外は基本的に入ることはできなくなってしまっています。
その代わりとして精巧に作られたレプリカを洞窟の側に設置し、こちらを見ることができます。
今回のラスコー展も同様に最近の技術で作られた壁画の実物大レプリカを鑑賞することになります。
IMG_5323.jpg
「なんだ本物じゃないのか」と思う人もいるでしょうし、確かに本物が見れるに越したことはありませんが、実際問題、本職の研究者でも物によりますがレプリカないし本物から型取りしたキャストを使うことは珍しくないわけでして、更にそのレプリカないしキャストから更に複製した物を使うことも十分あり得ます。当然、本物に近いほど貴重品ですので、お値段が物凄いことになっていきます。大学等研究機関も予算には限度がありますので、第一キャスト(本物から直接型取りした物)を手に入れた際に研究室の先生方が飛び上がって喜んでいたりします。
ラスコー展は実物を極小単位で精密にスキャンしたうえで作成された物ですので、普通に考えてどえらい貴重品です。それが千円なんぼのお金を払うだけで見られるのですから、なんとも良い機会に恵まれたものだと感激しています。
IMG_5316.jpg
今回は壁画だけでなく、ラスコー洞窟内の構造を示した巨大な模式図なんかも置いてありました。
IMG_5314.jpg
ラスコー洞窟は結構大きくて地図で見る構造自体は割とシンプルですが、数百メートルの道のりと上下の段差がありますので、例えが悪いのですがRPGの序盤ダンジョンくらいの大きさはあります。それで壁面には多くの動物たちが描かれているのですから荘厳たる光景です。
IMG_5327.jpg
壁画を描いたとされるクロマニヨン人の頭骨。解説にある通りクロマニヨン自体はラスコーから20kmほど離れたところにあります。
特にラスコー洞窟の中でクロマニヨン人の遺体が見つかった、ということはありませんが、年代と周囲の関係から見て恐らく間違いはないだろうという感じです。
私も以前は割と勘違いしていたのですが、その時代名称である旧石器にしろ、人骨と一緒になっているのは割と稀で、大体近くでこのぐらい見つかっているから、その他の痕跡等を頼りに恐らくこの人達に近い人々が作ったんだろうと類推しているわけです。
その石器の展示もありましたが、こちらは撮影禁止だったので割愛。結構しっかりとアシューリアン(左右対処石器)から、ルヴァロア技法、それからブレード(石刃)生成法の解説がされていたのですが、簡単なビデオ解説があると分かり易かったかもしれません。私は以前この辺りは実際に石器を削る実演を見るまでさ~っぱりでしたので……。まぁ、こちらが展示の中心ではなく補助知識みたいなものなんですが、せっかく石器も綺麗に集めていたのと、全体にスペースに余裕がありそうだったのでつい期待してしまいますね。
そういえば、頭骨模型を並べて、ハイデルベルグ人>ネアンデルタール人>現生人類(クロマニヨン人)と辿ってきたという解説でしたが、ホモ・ハイデルベルゲンシス(ハイデルベルグ人)ってネアンデルタール人の直接先祖だったっけ?とか若干、気になることも。
一応、ネアンデルタール人とクロマニヨン人が共存していた話はあるのですが、近年ではネアンデルタール人の遺伝子が現生人類に残っていることが分かったりしているので、この辺り旧人の関係は割とカオスな感じになってきているのですが、日本的にはまだまだ順番になっているほうが分かり易いのかなぁ、とか思ったりしました。
IMG_5321.jpg
さすがに絵の解説はしっかりビデオが用意されていて、この馬の絵は後ろにたくさんの馬が描かれた後に上書する形で描かれたらしくて、それがビジュアル的に見れるのは嬉しかったですね。
ここまで来ると考古学というより美術研究って趣になってくるので、いろんな知識が必要だと感じます。
それから、大型のタブレットで美術様式の解説も見れます。ポイントを押すとこういう様式で……というのが出てくるのですが、なんとなくインターフェースと操作感に慣れなかったです(汗……。

ラスコーの後は日本国内の石器の展示もあって、時代と場所もだいぶ違うのですが、欧州と日本の石器を双方で比較できます。あまり国内のものはちゃんと見てなかったので、黒曜石のブレードなんかはその大きさと精巧さに驚きました。これだけ大きく鋭利なものを大量に生産できるなら、そりゃわざわざ海を越えてでも取りに行くな、と。

そんなこんなで私自身は思った以上に楽しめた展示だったのですが、客層としてはいつもの特設展示に比べると若干少なめな感じでしたかね。旧石器時代というとまだまだあまりとっつきがないのかもしれません。とはいえ、ちょっと絵に興味があるレベルでも十分に楽しめるように配慮してあるとは思いますし、来年の2月頭までやってるみたいなので、これを読んで気になった方は足を運んでみてはいかがでしょうか。





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  1. 2016/11/29(火) 01:12:01|
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家庭においてご注意ありたき事

10月になって秋めいてきて欲しいところですが、まだまだ暑いですね。
今回はひょんなことから大正13年に配布された小学校の通信簿を見る機会があったのでその一部を紹介いたします。
大正13年は西暦に換算しますと1924年。第一次大戦と第二次大戦の間となる戦間期になり、まだ世界恐慌は起こっていないものの、世界は不穏な情勢にあり、その後の混乱の予兆となるものが起き始めている時期でもあります。
そんな時期、日本の小学生に向けてどのような教育が行われていたのか、その一端を垣間見ることができる1次資料として扱えるでしょう。
まず、1頁目には当然のように書かれている「明治天皇と照憲皇太后がどのようなお人だったのか」というもの。これを忘れては日本国民を名乗れませんね。
続いてあるのが江戸時代の高名な陽明学者中江藤樹先生のお言葉。「家をおこすも子孫なり、家をやぶるも子孫なり」というもの。この言葉はたまに聞きますが、ここまで取り上げられていたとは知りませなんだ。
そして、出てきました教育勅語です。正式には教育ニ関スル勅語というらしいのですが、ここでは単に”勅語”とだけ書かれています。これと戊申詔書を合わせて、珍思うに…から始まる日本人としてのありかたを示した道徳的文章を毎回授業の前には一斉に読み上げるのが日課だったとのこと。そのあとには御沙汰書が続いており、ありていに言えば「天皇陛下が仰っていらっしゃるのだから、真面目にがんばれ」ということになるのだと思います。よく言われる教育勅語の12の徳目についてですが、記載はありませんでした。手に入れたのは通信簿ですからあくまで扉的な扱いで、実際に読むものは教科書等に記載してあったのでしょう。なんにしろ、この辺りに関しては調べれば割と出てくるので、特にここで解説する必要はないでしょうね。

さて、本題はこの後に続き、この記事の題名にもなっている「家庭においてご注意ありたき事」です。実はこの前に小学校の本旨などが書かれているのですが、割とさらっと数行で終わっています。それに対して家庭への注意は17項目2ページにわたって続いており、いかに学校が家庭に熱を入れて伝えたいのかがわかるというもの。
それでは、1つ1つ要らないかもしれませんが私の感想を交えて見ていきましょう。
なお、原文の旧かな旧漢字は現代のものに置き換えていますので、あしからず。

1、 この帳簿をうけとられたときは良く見たうえで相乗欄に印を捺してください。
*日本の判子文化は強いですね。なお、成績欄には1つ1つの項目に捺印欄があるので、かなり念入りです。確認する方も大変だ……。

2、 毎日、1年2年3年は30分、4年5年6年は一時間および二時間復習と予習をさせて、その習慣をつけてください、又にあい相乗に1定の仕事をあてがって下さい。
*最近は知らないのと私のころもうろ覚えなのですが、予習復習は概ね1時間以上といわれていたような気がします。高学年で中学受験があれば2時間では足りない気もするので、若干緩い感もします。それよりも重要なのは”仕事をさせろ”と言っていることです。当時は小学生が仕事をするのは当たり前だったのです。中高校生がアルバイト禁止されている場合じゃないですね。

3、 児童の欠席・遅刻・早引きなどは学業の進歩によほど害がありますから病気と忌引きとの外はなるだけさせぬようにして下さい。
*”学業の進歩によほど害がありますから”という言葉に力を感じます。不登校などもってのほかですね。学校しか勉強できる機関がないので、塾などがある今と違い影響も大きかったのだろうとも思われます。

4、 児童の働いて得た金はぜひ貯金させてください。なお、金銭を無駄遣いせぬよう注意してください。不審のあるときはすぐ学校へお掛け合いください。
*小学生が働くのは当たり前ですが、残念ながらお金は自分の自由にはならないようです。この書き方を見るに、買い食いなどしようものなら/疑われたなら、学校に連絡が行くようです。小学生のころからうかつな行動はできませんね。

5、 身体・頭髪・着物などはいつも清潔にさせてもらいたい、特に女子の頭髪は時々洗って臭くないようにさせてください。
*昔の子供は汚かった、とは聞きますが、実際手を焼いていたのだと思わされる文章。綺麗好きといわれる日本人も実はかなりの割合で洗っていなかったのだと思われます。「特に女子の頭髪~」は女子だから髪を綺麗にしてほしいと特に女子の髪は臭いのどちらともとれるのですが、両方の場合があったのではないかと推察します……。

6、 手拭きと鼻紙とはいつももっているようにさせて下さい。
*今でも割と注意されているように思いますが、ハンカチとティッシュではなく、手拭きと鼻紙という書き方には和の心があります。

7、 学用品は時々調べて足らぬものは買ってやって下さい。
*こういう注意があるということは買わない親がいたという事でしょう。もしくは、なくなっても言わない子供がいたのか、その両方か。

8、 手拭きや学用品等にはぜひ見やすいところに学年と姓名を書かせて下さい。
*なんでも最近は名前を他人に見られると危険ということで隠す傾向にあるらしいのですが、まだまだそんなことはないので、”ぜひ見やすいところに”書かせるようにと指導されています。もう一度言いますが、「書かせる」であって「親が書く」ではありません。学年と姓名を書くのも教育の一環だからでしょう。

9、 平常のいるときはぜひ持たせてください。また、あまり少なく持ってこないように注意してください。
*文房具が使っている途中でなくなるといったことはないようにとお達しです。あまり予備も学校も友達もなかったのではないでしょうか。借りるなんてもってのほかとも読めます。

10、 手足の爪は常に短く切らせてください。
*社会のマナーです。なにより衛生面では苦労していた時代ですから……。

11、 時々児童の成績物をおまわしいたしますから、よく他と見比べてご覧ください。
*個人的に衝撃的だった1文。なんと、成績は各家庭で回されていたのです。「うちの子はあそこさんところの子に比べて出来が……」なんて話題になったのでしょう。親にも見せるのを憚る通信簿がクラス中の親の目にも入るなんて……成績の振るわなかった子にしてみたら考えただけでも眩暈がしますね。

12、 父兄会や常番参観のときはぜひ御出で下さい。
*今でいう「保護者会」と「授業参観」になるのですが、いつの間にか使われなくなった言葉。父兄についてはなんとなく想像がつきますが、常番参観は時代が下ると分かりにくくなったからですかね?

13、 身体検査には十分ご注意あって標準身体票と御比べになれば自分の子供はなみの子供より体格がよいかわるいかがわかりますから、わるいときはご注意が大切です。
*これまた衝撃の1文。通信簿には身体検査の結果も載っており(単位は尺と貫!)、これが成績と一緒にクラスの他の子と比較されてしまうのです。隣組はなくとも、この時代の各家庭同士、そしてその中にいる子供たちのプレッシャーというのは相当なものだったと想像できます。

14、 児童の品行のよしあしは成るだけ学校へ御知らせください。特に受け持ちの先生へお会いになったときは何もかもうちあけてお話をしてください。お隠しになりますと却ってお子供のためになりませぬ。
*子供のあらゆる行動は学校に持ち込んで解決することになっていたようです。「お隠しになりますと却ってお子供のためになりませぬ」という言葉が刺さります。最近の学校はここまでコミットできませんから、かつての学校というのはいかに強かったのかということを思い知らされます。

15、 1月1日、紀元節、天長節、卒業証書授与式、運動会、学芸会等にはなるべく参列してください。
*卒業式・運動会・学芸会は今でもありますが、さらには正月と紀元節と天長節に参加する必要がありますから、当時の親は大変だったろうと思います。というか、子供がいる家庭は正月・紀元節・天長節は学校に行くものだったのですね。

16、 児童教育についてのご意見は何事によらず遠慮なくお申し出を願います。
*今、この1文を見るとモンスターペアレンツを思い起こしてしまいますが、当時は皇国を背後にした学校側の権力も絶大なので、言うことにも慎重にして、うっかりめったなことをいうとそれこそろくなことにはならなかったと思います。

17、 この連絡簿の通信欄をよくお使いになってお子供のしつけをなさることは教育上大切なことでありますから、子供のためを考えられますならば、どしどし通信を願いますわるいお知らせがあったとて操行評を下げるようなことは致しません。子供のわるいくせは学校と家庭と話し合ってなおすより外に道はありません。

*通信簿をつかってしつけることが大切、ということで、成績には影響しませんとはいいますが、学校とはとにかくかけあっていくようにと、そういうことでしょう。良いか悪いかは別として、学校がかなり家庭に入り込んでいくことによって真っ当な人間にしていくのだという自負心が伺えます。個人的には、外に道はない、ということもなかったように思いますが……。今の子供は特に学校に大きくコミットされませんが、かつてよりむしろずっと賢くお利口さんだったりしますからね……。


全体の言い回しが丁寧なようでなかなか鋭さを感じるのと、あと、割と漢字表記が少なめなのが印象的でしたかね。
教育問題が色々といわれる今日この頃。あえて、昔の教育を振り返ってみるのも一興ではないでしょうか。
色々な意味で、ちょっと刺激が強すぎるかもしれませんが……。




テーマ:子育て・教育 - ジャンル:学校・教育

  1. 2016/10/03(月) 18:08:02|
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