The Wizard of Science

人類学のこと、歴史・考古学のこと、航空機のこと、特許のこと、海外の言語や書籍、などなど、たまには横道にそれたりする長文が多めなブログです。

ラスコー展感想

前から楽しみにしていた上野国立科学博物館のラスコー展に行ってきたので、その感想を書いてみます。
ラスコーはフランスにある旧石器時代の洞窟で、当時この辺りに住んでいたクロマニヨン人達が描いた巨大で美しい動物等の壁画で有名になりました。
最も古い美術作品の1つと歴史的に貴重な存在であると同時にその数とクォリティは群を抜いていて、特に旧石器時代に興味がなくても純粋なアートとして楽しめます。
が、逆にその飛びぬけた良さが大量の観光客を呼び込み外部からの二酸化炭素等などが充満した結果、壁画が急激に劣化するという事態になってしまったので、現在は一部の研究者達や修復作業を行う人員以外は基本的に入ることはできなくなってしまっています。
その代わりとして精巧に作られたレプリカを洞窟の側に設置し、こちらを見ることができます。
今回のラスコー展も同様に最近の技術で作られた壁画の実物大レプリカを鑑賞することになります。
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「なんだ本物じゃないのか」と思う人もいるでしょうし、確かに本物が見れるに越したことはありませんが、実際問題、本職の研究者でも物によりますがレプリカないし本物から型取りしたキャストを使うことは珍しくないわけでして、更にそのレプリカないしキャストから更に複製した物を使うことも十分あり得ます。当然、本物に近いほど貴重品ですので、お値段が物凄いことになっていきます。大学等研究機関も予算には限度がありますので、第一キャスト(本物から直接型取りした物)を手に入れた際に研究室の先生方が飛び上がって喜んでいたりします。
ラスコー展は実物を極小単位で精密にスキャンしたうえで作成された物ですので、普通に考えてどえらい貴重品です。それが千円なんぼのお金を払うだけで見られるのですから、なんとも良い機会に恵まれたものだと感激しています。
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今回は壁画だけでなく、ラスコー洞窟内の構造を示した巨大な模式図なんかも置いてありました。
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ラスコー洞窟は結構大きくて地図で見る構造自体は割とシンプルですが、数百メートルの道のりと上下の段差がありますので、例えが悪いのですがRPGの序盤ダンジョンくらいの大きさはあります。それで壁面には多くの動物たちが描かれているのですから荘厳たる光景です。
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壁画を描いたとされるクロマニヨン人の頭骨。解説にある通りクロマニヨン自体はラスコーから20kmほど離れたところにあります。
特にラスコー洞窟の中でクロマニヨン人の遺体が見つかった、ということはありませんが、年代と周囲の関係から見て恐らく間違いはないだろうという感じです。
私も以前は割と勘違いしていたのですが、その時代名称である旧石器にしろ、人骨と一緒になっているのは割と稀で、大体近くでこのぐらい見つかっているから、その他の痕跡等を頼りに恐らくこの人達に近い人々が作ったんだろうと類推しているわけです。
その石器の展示もありましたが、こちらは撮影禁止だったので割愛。結構しっかりとアシューリアン(左右対処石器)から、ルヴァロア技法、それからブレード(石刃)生成法の解説がされていたのですが、簡単なビデオ解説があると分かり易かったかもしれません。私は以前この辺りは実際に石器を削る実演を見るまでさ~っぱりでしたので……。まぁ、こちらが展示の中心ではなく補助知識みたいなものなんですが、せっかく石器も綺麗に集めていたのと、全体にスペースに余裕がありそうだったのでつい期待してしまいますね。
そういえば、頭骨模型を並べて、ハイデルベルグ人>ネアンデルタール人>現生人類(クロマニヨン人)と辿ってきたという解説でしたが、ホモ・ハイデルベルゲンシス(ハイデルベルグ人)ってネアンデルタール人の直接先祖だったっけ?とか若干、気になることも。
一応、ネアンデルタール人とクロマニヨン人が共存していた話はあるのですが、近年ではネアンデルタール人の遺伝子が現生人類に残っていることが分かったりしているので、この辺り旧人の関係は割とカオスな感じになってきているのですが、日本的にはまだまだ順番になっているほうが分かり易いのかなぁ、とか思ったりしました。
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さすがに絵の解説はしっかりビデオが用意されていて、この馬の絵は後ろにたくさんの馬が描かれた後に上書する形で描かれたらしくて、それがビジュアル的に見れるのは嬉しかったですね。
ここまで来ると考古学というより美術研究って趣になってくるので、いろんな知識が必要だと感じます。
それから、大型のタブレットで美術様式の解説も見れます。ポイントを押すとこういう様式で……というのが出てくるのですが、なんとなくインターフェースと操作感に慣れなかったです(汗……。

ラスコーの後は日本国内の石器の展示もあって、時代と場所もだいぶ違うのですが、欧州と日本の石器を双方で比較できます。あまり国内のものはちゃんと見てなかったので、黒曜石のブレードなんかはその大きさと精巧さに驚きました。これだけ大きく鋭利なものを大量に生産できるなら、そりゃわざわざ海を越えてでも取りに行くな、と。

そんなこんなで私自身は思った以上に楽しめた展示だったのですが、客層としてはいつもの特設展示に比べると若干少なめな感じでしたかね。旧石器時代というとまだまだあまりとっつきがないのかもしれません。とはいえ、ちょっと絵に興味があるレベルでも十分に楽しめるように配慮してあるとは思いますし、来年の2月頭までやってるみたいなので、これを読んで気になった方は足を運んでみてはいかがでしょうか。





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テーマ:展示会、イベントの情報 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2016/11/29(火) 01:12:01|
  2. 人類学
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家庭においてご注意ありたき事

10月になって秋めいてきて欲しいところですが、まだまだ暑いですね。
今回はひょんなことから大正13年に配布された小学校の通信簿を見る機会があったのでその一部を紹介いたします。
大正13年は西暦に換算しますと1924年。第一次大戦と第二次大戦の間となる戦間期になり、まだ世界恐慌は起こっていないものの、世界は不穏な情勢にあり、その後の混乱の予兆となるものが起き始めている時期でもあります。
そんな時期、日本の小学生に向けてどのような教育が行われていたのか、その一端を垣間見ることができる1次資料として扱えるでしょう。
まず、1頁目には当然のように書かれている「明治天皇と照憲皇太后がどのようなお人だったのか」というもの。これを忘れては日本国民を名乗れませんね。
続いてあるのが江戸時代の高名な陽明学者中江藤樹先生のお言葉。「家をおこすも子孫なり、家をやぶるも子孫なり」というもの。この言葉はたまに聞きますが、ここまで取り上げられていたとは知りませなんだ。
そして、出てきました教育勅語です。正式には教育ニ関スル勅語というらしいのですが、ここでは単に”勅語”とだけ書かれています。これと戊申詔書を合わせて、珍思うに…から始まる日本人としてのありかたを示した道徳的文章を毎回授業の前には一斉に読み上げるのが日課だったとのこと。そのあとには御沙汰書が続いており、ありていに言えば「天皇陛下が仰っていらっしゃるのだから、真面目にがんばれ」ということになるのだと思います。よく言われる教育勅語の12の徳目についてですが、記載はありませんでした。手に入れたのは通信簿ですからあくまで扉的な扱いで、実際に読むものは教科書等に記載してあったのでしょう。なんにしろ、この辺りに関しては調べれば割と出てくるので、特にここで解説する必要はないでしょうね。

さて、本題はこの後に続き、この記事の題名にもなっている「家庭においてご注意ありたき事」です。実はこの前に小学校の本旨などが書かれているのですが、割とさらっと数行で終わっています。それに対して家庭への注意は17項目2ページにわたって続いており、いかに学校が家庭に熱を入れて伝えたいのかがわかるというもの。
それでは、1つ1つ要らないかもしれませんが私の感想を交えて見ていきましょう。
なお、原文の旧かな旧漢字は現代のものに置き換えていますので、あしからず。

1、 この帳簿をうけとられたときは良く見たうえで相乗欄に印を捺してください。
*日本の判子文化は強いですね。なお、成績欄には1つ1つの項目に捺印欄があるので、かなり念入りです。確認する方も大変だ……。

2、 毎日、1年2年3年は30分、4年5年6年は一時間および二時間復習と予習をさせて、その習慣をつけてください、又にあい相乗に1定の仕事をあてがって下さい。
*最近は知らないのと私のころもうろ覚えなのですが、予習復習は概ね1時間以上といわれていたような気がします。高学年で中学受験があれば2時間では足りない気もするので、若干緩い感もします。それよりも重要なのは”仕事をさせろ”と言っていることです。当時は小学生が仕事をするのは当たり前だったのです。中高校生がアルバイト禁止されている場合じゃないですね。

3、 児童の欠席・遅刻・早引きなどは学業の進歩によほど害がありますから病気と忌引きとの外はなるだけさせぬようにして下さい。
*”学業の進歩によほど害がありますから”という言葉に力を感じます。不登校などもってのほかですね。学校しか勉強できる機関がないので、塾などがある今と違い影響も大きかったのだろうとも思われます。

4、 児童の働いて得た金はぜひ貯金させてください。なお、金銭を無駄遣いせぬよう注意してください。不審のあるときはすぐ学校へお掛け合いください。
*小学生が働くのは当たり前ですが、残念ながらお金は自分の自由にはならないようです。この書き方を見るに、買い食いなどしようものなら/疑われたなら、学校に連絡が行くようです。小学生のころからうかつな行動はできませんね。

5、 身体・頭髪・着物などはいつも清潔にさせてもらいたい、特に女子の頭髪は時々洗って臭くないようにさせてください。
*昔の子供は汚かった、とは聞きますが、実際手を焼いていたのだと思わされる文章。綺麗好きといわれる日本人も実はかなりの割合で洗っていなかったのだと思われます。「特に女子の頭髪~」は女子だから髪を綺麗にしてほしいと特に女子の髪は臭いのどちらともとれるのですが、両方の場合があったのではないかと推察します……。

6、 手拭きと鼻紙とはいつももっているようにさせて下さい。
*今でも割と注意されているように思いますが、ハンカチとティッシュではなく、手拭きと鼻紙という書き方には和の心があります。

7、 学用品は時々調べて足らぬものは買ってやって下さい。
*こういう注意があるということは買わない親がいたという事でしょう。もしくは、なくなっても言わない子供がいたのか、その両方か。

8、 手拭きや学用品等にはぜひ見やすいところに学年と姓名を書かせて下さい。
*なんでも最近は名前を他人に見られると危険ということで隠す傾向にあるらしいのですが、まだまだそんなことはないので、”ぜひ見やすいところに”書かせるようにと指導されています。もう一度言いますが、「書かせる」であって「親が書く」ではありません。学年と姓名を書くのも教育の一環だからでしょう。

9、 平常のいるときはぜひ持たせてください。また、あまり少なく持ってこないように注意してください。
*文房具が使っている途中でなくなるといったことはないようにとお達しです。あまり予備も学校も友達もなかったのではないでしょうか。借りるなんてもってのほかとも読めます。

10、 手足の爪は常に短く切らせてください。
*社会のマナーです。なにより衛生面では苦労していた時代ですから……。

11、 時々児童の成績物をおまわしいたしますから、よく他と見比べてご覧ください。
*個人的に衝撃的だった1文。なんと、成績は各家庭で回されていたのです。「うちの子はあそこさんところの子に比べて出来が……」なんて話題になったのでしょう。親にも見せるのを憚る通信簿がクラス中の親の目にも入るなんて……成績の振るわなかった子にしてみたら考えただけでも眩暈がしますね。

12、 父兄会や常番参観のときはぜひ御出で下さい。
*今でいう「保護者会」と「授業参観」になるのですが、いつの間にか使われなくなった言葉。父兄についてはなんとなく想像がつきますが、常番参観は時代が下ると分かりにくくなったからですかね?

13、 身体検査には十分ご注意あって標準身体票と御比べになれば自分の子供はなみの子供より体格がよいかわるいかがわかりますから、わるいときはご注意が大切です。
*これまた衝撃の1文。通信簿には身体検査の結果も載っており(単位は尺と貫!)、これが成績と一緒にクラスの他の子と比較されてしまうのです。隣組はなくとも、この時代の各家庭同士、そしてその中にいる子供たちのプレッシャーというのは相当なものだったと想像できます。

14、 児童の品行のよしあしは成るだけ学校へ御知らせください。特に受け持ちの先生へお会いになったときは何もかもうちあけてお話をしてください。お隠しになりますと却ってお子供のためになりませぬ。
*子供のあらゆる行動は学校に持ち込んで解決することになっていたようです。「お隠しになりますと却ってお子供のためになりませぬ」という言葉が刺さります。最近の学校はここまでコミットできませんから、かつての学校というのはいかに強かったのかということを思い知らされます。

15、 1月1日、紀元節、天長節、卒業証書授与式、運動会、学芸会等にはなるべく参列してください。
*卒業式・運動会・学芸会は今でもありますが、さらには正月と紀元節と天長節に参加する必要がありますから、当時の親は大変だったろうと思います。というか、子供がいる家庭は正月・紀元節・天長節は学校に行くものだったのですね。

16、 児童教育についてのご意見は何事によらず遠慮なくお申し出を願います。
*今、この1文を見るとモンスターペアレンツを思い起こしてしまいますが、当時は皇国を背後にした学校側の権力も絶大なので、言うことにも慎重にして、うっかりめったなことをいうとそれこそろくなことにはならなかったと思います。

17、 この連絡簿の通信欄をよくお使いになってお子供のしつけをなさることは教育上大切なことでありますから、子供のためを考えられますならば、どしどし通信を願いますわるいお知らせがあったとて操行評を下げるようなことは致しません。子供のわるいくせは学校と家庭と話し合ってなおすより外に道はありません。

*通信簿をつかってしつけることが大切、ということで、成績には影響しませんとはいいますが、学校とはとにかくかけあっていくようにと、そういうことでしょう。良いか悪いかは別として、学校がかなり家庭に入り込んでいくことによって真っ当な人間にしていくのだという自負心が伺えます。個人的には、外に道はない、ということもなかったように思いますが……。今の子供は特に学校に大きくコミットされませんが、かつてよりむしろずっと賢くお利口さんだったりしますからね……。


全体の言い回しが丁寧なようでなかなか鋭さを感じるのと、あと、割と漢字表記が少なめなのが印象的でしたかね。
教育問題が色々といわれる今日この頃。あえて、昔の教育を振り返ってみるのも一興ではないでしょうか。
色々な意味で、ちょっと刺激が強すぎるかもしれませんが……。




テーマ:子育て・教育 - ジャンル:学校・教育

  1. 2016/10/03(月) 18:08:02|
  2. ちょっと硬めな勉強のお話
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ロシア旅行記(後編)

前篇に引き続き旅行の後半について書いていきたいと思います。

8/2
朝は再びサンクトペテルブルグ市内を観光。最初に訪れたのはカザン大聖堂です。
ここは歴史的にも重要な聖堂なので、個人的にも行ってみたかった聖堂の一つ。
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内部は残念ながら撮影禁止なので外観のみ。後述する血の上の救世主教会もそうですが、ロシア正教の教会は西側の教会に見慣れていると違いが多くて楽しいですね。
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続いてウォーゲーミング社を訪問。サンクトペテルブルグ市内からは少し離れたところにあり、バスで約30分~1時間程度かかったと思います。
こちらはWorld of Warships(以下WoWS)の開発会社であり、コアなウォーゲームファンならPacific StormやThe Entente: Battlefield WWIを開発したLesta Studioだと聞くとピンと来る人もいるのではないでしょうか。とはいえ、私も事前に調べてはいなかったので、オフィスに同社が過去制作したゲームが飾られていたのを見てようやく気がついたのですが。
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私自身はゲーム会社に勤めている人の話は聞くものの、ゲーム業界人でもなんでもないため、はじめてみる物も多く色々と興味深かったです。
特に印象深かったのは、制作会社として非常に規模が大きい事(350人くらいとのこと)、部屋のスペースに余裕があって机が広く、また各フロアにセキュリティーが敷かれているといった態勢は日本の会社ではなかなかお目にかからないので珍しかったです。
大規模プロジェクトなだけあって各部門に分業化が徹底されており、プランニング、テスター・デバッグ、音響、モデリング、シーナリー、歴史資料・監修にはそれぞれ作業部屋と統括するリーダには専用の部屋が用意される等充実していました。
各部屋では案内の女性が進行途中でちょっとしたクイズを用意するなど、楽しませる努力も見られます。
ちなみに、ここでも源文先生はツアーの進行には目もくれず可愛い女性社員にサイン入り漫画を渡してナンパし、楽しそうに写真を一緒に撮っておられました。創作活動するからには誰もが見習うべき弛まぬ営業努力ですね。
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ゲーム関連の部門が充実ぶりも目を見張りますが、実は元々Lesta Studioは映像会社として出発しているため、現在でも強いのは映像部門。WoWSの起動時や宣伝用に作られた美麗な映像はこの映像部門が以前から培ってきたもので作られているわけですね。
特別に未公開映像も見せていただき、お土産にウォーシップカップも頂いたという優遇ぶりでしたが、さすがこの手の分野に入れ込んでいる方々からは映像に関して厳しい意見が飛び交います。個人的にはよかった部分も多く、できればゲーム・映像を趣味で作っている端くれとしても製作者の方々とも色々お話しできればよかったのですが、スケジュールが決まっていて大人数のツアーだけに帰り際僅かに話せたぐらいだったのが残念でしたかね。
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War gaming社内の食堂で昼食後は再びサンクトペテルブルグ市内へ戻り、軍装店へと向かいます。
個人的にはそこまで軍装を付けたいという意識は低いので、店が狭いこともあり外で他のツアー参加者の方々と話しつつ待っていたのですが、客層として結構しっかりと軍服を着こんだご老人から、家族連れまでやってきており、艦船見学と同様、幅広い年齢層の人達が軍事関係に訪れるロシアの様子はとても面白かったです。
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その後、再度サンクトペテルブルグ市内の自由観光。
私は血の上の救世主教会とロシア美術館に行ってきました。
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血の上の救世主教会はカザン大聖堂と違いソビエト時代の扱いと観光名所として確立したこともあって中でも写真は撮り放題でした。目を引くのは美麗な聖人達の絵であるイコンと各種色とりどりの装飾。西側の教会と違いキリスト像やステンドグラスがないのも大きな違いですね。あと、教会の中に連なるお土産屋。西側も全くないわけではないですが、ここまで多いと不思議な感じがします。
土産物屋といえば、こちらも観光スポット周辺には京都などと同様出店が出ているのですが、それほど売り子が熱心ではないのが気になりました。まだ、同人誌即売会の方が熱入っていますね。全体にソビエト時代の名残なのか、特定の力を入れている個所以外のビジネスにはロシアはあまり執着しないように思えました。
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残りの時間で入ったロシア美術館なのですが、こちらは広大な敷地に案内板があまりないということもあって迷ってしまい、残念ながらあまり見て回ることはできませんでした。英語の案内もあるにはあったのですが、部屋によっては全くなくなってしまうこともあり、最後ちゃんと元の集合場所に帰れたのは奇跡的だったように思います。それでも個人的に好きだったボルガの船曳の実絵が見れて、ひとまず目的は達したというところですか。
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また、移動している途中で僅かな時間でしたが本屋に立ち寄ることもできました。
簡単な写真か絵の多い歴史/軍事系の本があれば欲しかったのですが、思ったほど本の種類は少なく、気に入ったものは手に入らなかったので戻ることに。話によればサンクトペテルブルグ一大きな本屋らしいのですが、それにしては日本や西側欧州諸国の本屋に比べると充実度もそれほどなかったように思います。英語の本等が混ざったりしていたので、この国ではそれほど出版事情が良くないのかもしれません。
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夕食後はそのまま夜行列車に乗ってモスクワへ向かいます。駅へ向かう途中、強烈な雨が降り、更に気温が一気に低下。さっきまで暑いと言っていたのから一転し、寒さに震えることに。ロシアはとにかく暑くて寒い国でした。
寝台列車はひたすら狭く、4人部屋に荷物を入れるとほとんど寝る以外できないものでした。添乗員さんの話だと就寝時に窃盗が相次いでいるというので、必ず鍵をかけ、トイレに行くときには誰かを起こしておくということになります。サンクトペテルブルグからモスクワは距離が長いため客車はディーゼル車で引っ張り、途中で一度補給するという珍しい状況を楽しむ……余裕はありませんでしたかね。それでも、思ったより客車自体は新し目だったのと揺れは酷くなかったので私はそこそこ熟睡できたように思います。

8/3 
朝6時頃にモスクワに到着。そのまま午前中はクレムリンと赤の広場を中心にモスクワの市内観光へ。
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この日は偶然にも空挺降下兵の閲兵式があるということで、赤の広場は朝から閉鎖。外のフェンスから有名な建物の数々を写すしかなかったのですが、その降下兵達の行進を見ることができるという、この手の趣味の人にとってはむしろサービスといえる状況でした。
恐らく、このまま待っていれば再度プーチン大統領登場……ということも考えられたのですが、最大の目的であるクビンカが待っているので先に進みます……。
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ボリショイ劇場、モスクワホテル、カールマルクス像と立ち並ぶ広場は圧巻でしたね。
時間が短く僅かしか見られなかったのが残念です。とりあえずツアーのみなさん、世界を変えた最強の引きこもり、と言って拝んでいました。
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大祖国戦争の英雄ジューコフ像を拝む。自作ゲーム、WWII英雄列伝シリーズの次回作以降の有力候補です。
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兵隊の交代式も見ることができました。元々赤の広場にあるレーニン廟を訪れにソビエト中から集まった人に見せるためにはじまったのだとか。
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第二次大戦の慰霊モニュメント。各都市の名前は当時のものになっています。
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モスクワ市内観光の後はいよいよツアーのタイトルにもなっている世界最大の戦車博物館がある郊外のクビンカへ。
ここから夕食までずっとこの博物館で戦車を堪能するのでテンションがあがります。ですが、高速で事故渋滞に巻き込まれ、予定より1時間以上もオーバーして到着することに。
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それでもなんとか辿りついたクビンカ博物館、以前は戦車の入った倉庫が立ち並ぶだけの本当に好きな人以外お断りな場所だったらしいのですが、どうも観光スポットとして最近は力を入れている様子。入口から他のロシア観光名所を越えるしっかりした作りで出迎えます。
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博物館敷地内でランチ。子供用の遊具や売店等も配備されており、意気込みは感じますがまだまだ一般向けになるような可愛さが若干足りません。子供用遊具の横に刺の付いた大きな機雷がどかんと鎮座しているのは安全だとしてもなんともいただけない雰囲気……。
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ドイツ戦車の多くは残念ながらレストアに出されてしまっており、残っているのは僅かでしたが、この博物館にしかない目玉車両はちゃんと展示されていたので一安心。念願のマウスとカールにご対面。シュタール・エミール、ヴァッフェントレーガー、1号対戦車地雷処理車、クーゲルパンツァーなどレアな車両もここでしか見られないので、とても嬉しかったです。
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見たことがある車両でも他の各国戦車とすぐに比較できるので、印象が変わったものも。英米軍の戦車は結構大きくて迫力があります。このチャーチル・クロコダイル火炎放射戦車はなかなかレアな一品。IMG_4894.png
ですが、なにより展示品の種類と量で圧倒されるのはソ連戦車達。T-55なんて10両ぐらいバリエーションがあったような気がします。T-34もあちこちで見かけるので、最初は感激しても段々いて当たり前、な感覚になってくる恐ろしい所。全般にソ連戦車は背が低めで、他国の戦車に比べると小ぶりな印象を受けました。
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日本・ポーランド・ハンガリー・中国・イタリア・フランス・スウェーデンの戦車は一つの建物にまとめてありました。日本戦車の保存状態の良さに驚くとともに、恐らくはロシア人が推測して書いたと思われる妙な文字が目を引きます。カミ車をソ連が持っている経緯を知りたかったのですが、解説の人はそこまで多くを語ることはなく。
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館内は薄暗く通路も制限され、写真を撮るにもじっくり観察するのに向かないので、どちらかというと屋外展示の方が魅力的でしたね。写真はT-70軽戦車。詳しいことを知るだけなら実際問題専門書の方が優れているのですが、こうして実物を目の当たりにするとモデルを作りたいモチベーションが湧きあがってきます。
写真の後ろは射撃場になっており、私はやらなかったのですが、お金を払えば空砲を打たせてくれるサービスもあります。
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その後はクビンカからモスクワ市内に戻って食事後空港へ。日本の8/3の夜中に到着。そのまま解散となりました。
帰りの飛行場まで体調を崩したままの人もいましたが、比較的余裕を見ていたスケジュールのおかげで大きな遅れはなく無事搭乗・出発できました。
ただ、搭乗後、飛行機の中で知ったのですが、経由地のドバイで私たちの乗っていた機が飛び立ってから3時間後に事故があったらしく、結構間一髪だったようです。もし、巻き込まれていたらもうしばらく日本に帰れなかった可能性も……。

以上、旅の間は様々なトラブルがありましたが、最終的には大きな問題もなく無事帰国できましたし、まず普通はなかなかいけない場所、できない体験が色々できて、なにかと厳しい国でもありながら現地の人とも打ち合わせと調整を重ね最後まで進行していただいた添乗員さんには特に感謝の念が堪えなかったです。
また、このような企画があればぜひ参加してみたいと思える旅行でした。




テーマ:海外旅行記 - ジャンル:旅行

  1. 2016/08/13(土) 16:31:10|
  2. 活動報告等
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ロシア旅行記(前篇)

今年の夏は、Wargaming Japanロシア旅行社の企画した”軍艦パレードとクビンカ戦車博物館を堪能する旅”に参加して来ましたので、その内容を書いていきたいと思います。
このツアーただのロシア旅行に留まらず戦記漫画の大家小林源文先生も参加してロシアの各軍事関連名所を巡るという、その手のものが好きならたまらない内容となっています。
元々、私一人で行くつもりだったのですが、日本戦争ゲーム開発の共同制作者武藤FPさんに話したところ、せっかくいい機会なのでと一緒に行くことになりました。
ただ、国がロシアということもあって、西側諸国ではまずお目にかからないような出来事もたくさんあり、総じて「旅した!」と語気を強めて言える旅行でした。

7/28夜 
羽田空港にてロシア旅行社の添乗員さんに出席確認、チェックイン後に武藤FPさんと合流。この時、羽田空港のルーブルが全て売り切れるという事態が発生し、両替はロシア到着後に行うことに。今思えば、この時点から既に「普通の旅ではない」ことが臭っていたのかもしれません。
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7/29-30
エミレーツ航空、ドバイ経由でサンクトペテルブルグへ。
私は割と何度も欧州方面は仕事でもプライベートでも何度か往復していたので、映画を楽しんだり爆睡したりとそれほどストレスはなかったのですが、あまり経験のなかった方々、武藤さんはちょっと辛そうでした。
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長時間の飛行とバスを経て着いたホテルは結構しっかりした作りではありましたが、北にあるから寒いという印象があるサンクトペテルブルグは思いのほか暑かった上、冷房設備無し。窓を開けると蚊が入ってくるという到着直後から洗礼を受けます。第二次大戦時にドイツ軍がやられたというマラリアもこういう蚊を媒介にしていたのでしょう。幸いにも武藤さんが持っていた虫除けスプレーで一応凌げました。あと、エレベーターが止まるたびにガタンと衝撃があって怖いとか、コーヒーが凄い味とか話題になりましたが、この辺りは西側欧州でも結構あるので私的にはまぁ次第点といった感じで。
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ホテルの近くの24時間空いているというスーパーマーケットで買い物をするのですが、この国では市内中心の観光地でもない限りお釣りがまともに出ない(店側がほとんど用意していない)上に、なぜかパスポートないし身分証明がないとお酒が買えないと言われ、ちょっとした食べ物と飲み物以外の購入は諦めることに。ちなみに後日別の店で買い物をしたら普通に買えました。どうにも何がどうなっているのかロシア語もわからないことがあって初日から先の読めない国だと思いましたね。
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7/31
この日は海軍博物館と砲兵博物館を見学。
余談ですが、ホテルから出発する前のロビーで小林源文先生がスケッチとサイン入りステッカーを使って同じホテルに泊まっていたフランス人の女の子をナンパなされていたのが印象的でした。
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まず、最初は博物館が開く時間がくるまで、朝はサンクトペテルブルグ市内をバスで巡り、ポイントで写真を撮るというツアーでした。
ガイドさんのペテルブルグ各名所の説明も入りますが、参加しているメンツがメンツなだけに勢いよく注目するのは明日の海軍記念日のために河川に停泊しているロシア軍現役艦艇と、日露戦争そしてロシア革命で有名な巡洋艦オーロラ。残念ながらオーロラは現在内部修復中とのことで入れるのは8月半ば以降となるようです。それでも戦艦三笠と同時代の船が今も水の上に浮いているのですから圧巻ですね。
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そして、その流れで海軍博物館へ。
こちらはさすがに船まるまるはないものの、艦艇装備品、精巧な模型及び絵画が各時代に分けられて所狭しと並んでいる大規模な博物館でした。ここに行けばピョートル大帝が海軍を設立した帆船時代から近代ロシア海軍までの足取りを辿ることができるわけです。惜しむべきはほぼロシア語で書かれているので、ガイドさんの説明がないとにわかファン程度ではなんなのかわからないことでしょうか。ここの一つ一つの品を解説できたら、本が書けてしまうのではないかというぐらい膨大なので翻訳も一苦労でしょうけれど。
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なにしろ、この艦船模型は実在したものに限らず計画艦もかなり含まれており、これなんかはスターリンがアメリカ空母艦隊への対抗として計画した30cm3連装3基の大型巡洋艦だそうで(スターリンの死去によって計画は破棄)、こういったことは事前に勉強しておくか、ロシア語を学ぶかしないと難しいだろうなと感じました。
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続いてお昼を挟んで行った砲兵博物館は入り口から大量の野砲及び火砲を詰んだ車両が出迎えてくれテンションが上がってきます。こちらは元々ロシア帝国時代につくられた武器保管庫であり、ピョートル大帝時代から延々と各種大砲・ミサイル・小銃・車両装備などを保存・展示しているところです。海軍博物館同様、各時代と種類に分けて展示してあるのがポイント高いです。二次大戦時の各種火砲や装備品、小銃、軍用犬の剥製、要塞や橋梁の模型といったまず普通の博物館ではお目にかかれない物も抑えてあり、半日程度ではとても時間が足りないといった感じでした。
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近代兵器もいいのですが、近世の試作砲というのは面白かったですね。こちらは恐らくライフリングが未発達だった時代になんとかまっすぐ飛ばそうと円盤のようなものを発射させ縦回転するようにした試作砲。パッと見はレーザーでも発射しそうな形状です。
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蒸気で発射する試作砲というスチームパンク好きにはたまらないものも。ちょっと考えればわかりますが、弾丸の大きさの割に砲自体にかかる圧力が大きく、複雑な機構の割に威力もあまりなかったのでお蔵入りに……。
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なお、この日の夕食では踊り子さん達が民謡を歌ってくれるサービス付でした。
ホテルに戻ってからは近くのスーパーで買い物。目当ては当然ウォッカ。それから肴になるものを少々。
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この日に立ち寄ったスーパーではこんな不思議なお菓子も見つけたのですが、聞くところによれば韓国系企業が海外向けに展開しているのだとか。
1日非常に濃くて楽しめたのですが、この日の前後からツアー参加者には体調を崩す人、特に下痢になる人が続出し、何が原因なのか、食べ物に含まれている油が胃や腸に溜まっていけないとか、果てには”レストランで見たあの踊りが影響している”という説も飛び出るほど影響は大きかったです。
幸いにも私も武藤さんも旅の間はまったく影響なく、歩き回っていることもあってかむしろ普段より食欲もあり、ウォッカを楽しむ夜でした。

8/1
この日はサンクトペテルブルグで行われる海軍記念日に参加。旅の目玉の一つである式典を見学することに。
ただ、この記念式典はテロ対策のためと開始時刻が不明。ホテルは早めに出て先日近くを通った軍艦の停泊している河川岸に行くことに。到着すると既に結構な人で賑わっていましたが、ここから立ちっぱなしで待つこと2時間近く。ようやく、跳ね橋が上がって、船の上には将校と船員らしき人達が整列しはじめ、陸でも行進らしきものが始まりますが、ロシアには背が高い人が多いので見るのも一苦労。そして、全人類お待ちかねのプーチン大統領が座上するクルーザーが入ってきて、ここまでいつとも知れず直立不動で待っていたロシア人達も大興奮。あちこちで一斉にカメラのシャッター音が鳴り響きます。
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ただ、これだけ苦労して待ったものの、プーチン大統領登場後は簡単な演説と演奏が遠くの式場で行われたのみで、特に停泊している艦船も動かず、クルーザーで帰った後はそのまま流れでロシア人達も解散し始めます。昼食の時間に間に合わなくなるので急いで戻るのですが、人込みで身動きがとり難いうえに最悪のタイミングで豪雨が…。とにかくロシアの天候は変わりやすく、そして変わったら変わったで極端に変化するのでなかなか事前の準備と心身のタフさが求められる感じです。
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昼食後には、いくつかのグループに分かれて自由観光するか、War Gaming社が出している特設ブースにも行けたのですが、せっかくなのでこの日にしか乗れない河川岸に停泊している中で乗船できる軍艦に乗ってみることにしました。とはいえ、この手の乗船イベントはどこの国であっても長蛇の列になるのがデフォルト。最悪乗れない場合もある、ということで参加したのは私も含めて10人ほどでした。着いてみると案の定の行列で、しかもロシア人の行列整理が日本人に比べ激しくド下手であり、入口付近でごった返した上に、割り込もうとした右翼の活動家らしきおっさんをおばさんが口撃で追い返すといった場面も……。それでも、添乗員・ガイドさんが配慮してバスを回してくれるようにしてくれたおかげで時間ギリギリ中に入ることができ、小型艇ではあったもののまず触れることが難しいロシア船に乗ることができました。
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装備関係が珍しかったのは当然として、この手のイベントは日本だと客層がかなり偏るにも関わらずこちらでは男女比が割とバランスよく、家族や若い女性も多かったのが印象的でした。なお、右翼(といってもソビエト時代は左ですが)の街宣車は日本でもイベント時などで良く見ますが、こちらは派手な旗を持ってぼろぼろの車が何台も連なる実に暴走族めいた感じで、若い女性の同伴者や家族がいたりするのが目を引きます。喧しく鳴り響くBGMは日本でもお馴染みのカチューシャ。こちらではある意味そういう扱いの曲なのか……。
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ホテルに戻ってからは前日同様ウォッカを飲む夜に。この日は武藤さんが買ってきたピクルスが絶品でした。即お土産に決定です。あと、部屋で見るテレビはロシア語しかないのでほとんどわからなかったのですが、何気なくつけたロシアのアニメが衝撃的でした。2次元漫画のキャラクターの口の位置を3Dアニメでやってしまうという、ちょっと母国では考えにくいセンスです。反対側を向くと口の位置がワープするのですが、正面から見るとなんとも言えない表情に…。ちなみにシュノーケルを咥えて潜るシーンもあるのですが、口と一緒にシュノーケルも反対側を向くとワープします。

いつも以上に長くなってきてしまったので、旅行の後半は後日紹介していきます。




テーマ:海外旅行 - ジャンル:旅行

  1. 2016/08/09(火) 21:52:17|
  2. 活動報告等
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ストーリーの作り方

 ひびかけ色キセキの作者econaさんが発端として各フリーゲームの作者さん達が各々ゲームのストーリーの作り方について書いているので、私も参加してみたいと思います。
 とはいえ、この話が広まって大分経つのでもう時すでに遅しの感すらあるのですが、適当に流し読みでもしていただけると嬉しいかな……と。

 また、はじめに断っておきたいのは私のゲームシナリオの作り方はかなり非効率です。効率的なシナリオを作りたいと考える人にはまず向きませんので、参考にならないと思います。ただし、比較的それなりに完成する方法でもあります。本当にそれが受けるどうかは様々な要素で決まるため、いわゆる出来の良さに関しては全く保証しませんが、完成させる、という1点に置いては結構安定性がある、と個人的には思っています。

1.大まかな構成は最初にさっさと作ってしまう。
 始まりから終わりまで順番に作っていく、最初と最後を決める、という講座は目にしますが、私は大まかな流れを最初にほぼ決めてしまいます。この段階では登場人物や舞台、目的すら大してはっきりと決めなかったりもします。
 その代り、区切りだけははっきりさせておきます。この辺りはモチベーション維持という理由もあるのですが、あとどのくらい造れば終わりそうかというスケジュールの目安にもなるので便利です。

Violent Witchesの場合、
オープニング>最初の町イベント>ゲームシステムや世界のチュートリアル>自由行動6ダンジョン>ラストダンジョン>エンディング

Strategic Valkyrieの場合、
オープニング>最初の町~ゲームシステムチュートリアル>3ダンジョン>特殊イベント>3ダンジョン>特殊イベント>ラストダンジョン
*この時はVWでシナリオの途中の流れが単調すぎる、という意見があったので特殊系を間に入れ、その代りテストプレイに時間がかかる自由行動を諦めました。

Violent Witch: Internationalの場合、
オープニング>チュートリアルダンジョン>自由行動4ダンジョン>特殊ダンジョン>自由行動残りの4ダンジョン>ラストダンジョン
*SVに入れた特殊系を間に入れ、全8ダンジョンを4ダンジョンごとに区切るやり方にしています。ただし、自由度を損ないたくないので、特殊ダンジョンは行かなくてもクリアできる設計です。


 1つの区切りやダンジョン・街等に対してシナリオの量も概ね決めておき、そこからは大きく逸脱させません。余計に書いた台詞は短い表現にして工夫するか、難しい場合はカットしていきます(多少残して後で再利用したりもしますが)。隠しダンジョン系を入れることもしましたが、どちらも公開から大分経ってバグ直しアップデートのついでに作ったので当初の予定には全くありませんでした。

 シェアウェアな上ジャンルが違いますが、SLGであるWW2英雄列伝の2作でもこの辺りはほぼ同じといいますか、むしろステージの区切りがRPGよりはっきりしていて統一されるため作業としては格段に楽でした。元になる戦記があるので、その中から目立つ物をピックアップ、ステージ数である30程度に分けてその前後にシナリオを入れる、というやり方です。


2.テーマを決めて資料を集める  
 大まかな形が決まれば、次にテーマ設定です。テーマといっても、VWに関しては元々没になった自作の魔女の話があったので、これを膨らませることはほぼ確定済みでしたし、SVに関しては飛行機でしたし、WW2英雄列伝は戦車でしたので、とりあえず自分が好きなもの1つを決める程度でいいと思います。初見の人にも「魔女です」「飛行機です」「戦車です」ととりあえず言えるので実に楽です。
 テーマが決まればその言葉や関連するもので資料集めです。魔女なら魔女狩りや魔法、諸々の事情に関しての本やインターネットの記事を拾ってきます。SVとWW2英雄列伝に関しては普段から趣味で大量に集めていたので、ようは私が普段やっていたことの延長でしかありませんでした。
 読んだり見たりして気になった内容や台詞回しがあったらちょこちょこ書き溜めていきます(これも別にシナリオのためにではなく普段からやっていることでしたが)。正直、量が多いとどこからどう引っ張ってきたのかも忘れることも多いのですが、必ず元ネタがあることは確かです。


3、会話と人物を形作り始める
 この辺りでテーマに沿って2人以上の人物の会話を作っていき、最初に作った話の流れの中にはめ始めます。大抵、主人公になる人物とそれに重要な影響を与える2人の会話は特に数が多いものか重要なポイントにいるものが選ばれます。こうして選んでいると、シナリオとしては名前や性格といった登場人物の特徴の整合性が必要になってくるので、状況に合わせて決めていき調整していきます。
 なお、資料といっても読み物に限らず、映像物でもいいですし、それこそSVの人物は現実のモデルがいるので、自分が昔書いた日記なんかでもいいと思います。最近だとツィッターといったSNSも便利に活用できると思います。これらを時々書いている途中で気になって見返すことも多いのですが、なんとなくそのまま記憶にあるもので書くこともあります。資料を使うからかっちりしていると思いがちですが、あくまでシナリオを埋めるためのツールですからそれほど厳密ではありません。また、資料によっては最初から人物像が決まっているものもあるのですが、必ずしも資料内のそれに固執する必要はない、と私は思っています。それこそ、資料では男性の言葉だったのを私のシナリオで女性がいうこともあれば、その逆も然りです。
 こうすることで個々のシナリオのメリハリとインパクトはそれほど意識して考えなくても強くなりやすいのですが、デメリットもあって、最初に人物像が固まっていないのでシナリオの中で人物の人称や喋り方が少なからず変化してしまうことがあります。最初期の作品であるVWにはこれが特に顕著で、話し方の違いからはじまり、酷いと人物の名前さえ場面によって違うということもありました。私の性格が大雑把なのがいけないのでもあるのですけどね……。


4、キャラクターは分裂したり合体したりする  
 なんだかとんでもないことを言っているようですが、シナリオの流れやバランスを考えると、ここで人物を分ける必要がないとか、いわゆるキャラが被るということは頻繁におきますし、作っている間で突然必要もなく性格が変化するような人物がいたらそれは2人にしてしまったほうが分かりやすいです。そういう時は、シナリオに応じて人物はまとめたり分裂させればいいのです。
 経験的には、あまり長くないプレイ時間の中で人物が多すぎてもプレイヤーは覚えきれませんし、それを描くのも大変なので、可能な限り少ない方が望ましいと思います。
 最初に全登場キャラクターの詳細を決めてしまうとイマイチ後から融通が利かないのでリメイク以外では私はあまりやりません。この後から人物像などを決めて整理していく方法は最終的にはすっきりまとめられる傾向にありますが、逆にキャラクター画像を発注したくてもほぼシナリオが出来上がっていないと出したくても出せない、というデメリットもあります。
 キャラクターが既に出来ているものとしてその行動を想像しながら書く、いわゆる”キャラが勝手に動く”現象のライターさんのコラムもいくつか読んだことがあり、こちらが向いている人もいると思います。どうやっているのかは私とはタイプが違う(むしろ真逆?)なのでわかりませんが、相当頭の中にいろんな記憶があり、それを咀嚼して表現するのが上手いのだろうと、勝手に予想します。


5、キャラクターは実在しない。でも、そのキャラが生きてきた元は実在する  
 元々、なぜ人は創作できるかといえば、以前に見た何かがありそこから膨らませている、という真理も聞きます。その意味では頭の中で咀嚼して設定を作るのと、枠を作って資料から当てはめるのは方法がちょっと違うだけで、根本としてはそれほど大きな違いはない……のかもしれません。ただ、最初にイメージを固める方が後から修正する分は少なめだと思います。
 また、イメージを厳密に固めない場合、むしろ作品が出来上がった後に、「このキャラクターってどうなんだろう?」と考えることもままあります。そして、性格すら厳密には決まっていないので、行動や台詞から、もしかしてこういう状況になったらこういう行動や台詞を言うかもしれない、という想像を膨らませる余地が出てきます。ただ、想像だけではなく、元になった人物や出来事をもっと調べて、そこで新たな発見があればまたシナリオもより膨らんできます。
 なにはともあれ、こういうやり方で作っていくと、まず心配しなくていいのがアイデアの枯渇です。資料が大量にあり、やりたいことも大量にあるので、むしろどれだけ生きているうちに作品として昇華できるかが心配なぐらいです。アイデアがなくて困っている、という人はまず資料を当たるか、もしくは資料をたくさん持っている人に話を効くなりするとブレイクスルーになるかもしれません。最初に書いたように資料集めは効率的ではないですが、特に止まってしまった人には参考になれば嬉しい限りです。


P.S Violent WitchesリメイクはUI、ドット絵、キャラクターデザインが少しづつ上がってきている状態です。また、まだ本格的に動いてませんが、マップ及び戦闘背景は初期PS1時代のRPGに見られた3Dを用いる方式を採用する予定です。
 キャラクターデザイナーのMIKOさんがリメイク版フランクのデザインを公開していただいたので、こちらにもリンクを張っておきます。他にもなにか見せられるものができてきたら、こちらでもお知らせするので、ご期待ください。
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  1. 2016/07/07(木) 19:01:30|
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