The Wizard of Science

人類学のこと、歴史・考古学のこと、航空機のこと、特許のこと、海外の言語や書籍、などなど、たまには横道にそれたりする長文が多めなブログです。

新年のあいさつと軍縮と対金剛級戦艦に関するアメリカ戦艦建造計画のお話

かなり遅くもはや1月も終わろうとしていますが、明けましておめでとうございます。
本年も各方面にて元気に活動していきたいと思っていますので、よろしくおねがいいたします。
このブログに関しても毎年書いてますが、方向性を見失いつつも1月1回更新を維持してがんばっていきたいと思います。
適当な時にお付き合いいただきませ。

今年は去年で色々あった結果ものすごく久しぶり(6~7年ぶり?)に集中してRPGなんぞを作ることになり、またひっそりとゲーム制作支援用にEntyをはじめました。
https://enty.jp/saizwong
実際、製作用の資金はあらかじめ用意していたので(元々VWのリメイクは機を見て行うつもりでいました)、ここで支援がなくても進行そのものには支障はないのですが、ちょっとでもあるとやる気も違えばもっとクォリティをあげる可能性もあがるので、よろしくお願いいたします。


さて、今年一発目の話題はちょっとした戦艦のお話です。
別に新説というわけでもなく、普通に一般書籍を何冊かかじっただけの浅いものなうえに「まぁそうだろうね」という結論で終わってしまうものなんですが、あの戦争が始まる前にな~にを各国やっていたのかという一端を垣間見れて面白かったので、紹介したいと思います。なるべく一般向けに書こうと思うので、知ってる人には用語なり表現がもどかしい所もあるかと思いますが、ご容赦を。

第二次世界大戦が勃発する前の1930年代。既に色々ときな臭い状況にはあり、この時点でお互いの不信感は頂点に達してはいたのですが、それでも外交交渉は根強く続いていました。
なんとか戦争を避けるためにそもそもそれを行う武器を減らそうという軍縮会議も継続しています。ようするに、いきなり自分から武器を捨てることは難しいので、国同士で話し合ってある程度の割合を一緒に減らしていこうというものです。
海に囲まれた日本として重要なのは大量の大砲を搭載する巨大な鉄の船「戦艦」なわけですが、これも当然軍縮の対象として挙がっています。
既に軍国主義の国ではあったものの、日本はこの戦艦に関しては軍縮会議の開始後、新規造船は行わない方針となっていました(研究や計画は将来の危機に備えて続きますが)。
これは色々と理由があるものの、一番大きいのはやはり戦艦の建造にしろ保有にしろとんでもないお金と燃料がかかるので、資源に乏しい日本としてはアメリカやイギリスといったお金持ち国に追従して戦艦を作り保有し続けるには限界があるというのが目に見えていたということがあります。今と違って経済力もそこまで高くなければ恐慌後のごたごたで景気が良くないということも忘れてはいけないですね。
そのため、軍備を持つにしても、どちらかというと小型の船や航空機を重視することになる……のですが、当時のアメリカにしてもイギリスにしても経済問題を抱えているのは変わらないので、軍事予算を減らす目的から戦艦を減らすか作るにしてもそれほど大きくないものにし、小型艦と航空機で補おうという方向は割と似たようなものです。

この軍縮は1921年のワシントン軍縮会議で船の排水量(トン数)や大砲の大きさに制限が加わり、その後の1930年にロンドン軍縮会議にて各条件がより厳しくなって枠から外れた船は廃艦となり、そして1935年の第二次ロンドン海軍軍縮会議へと進んでいきます。
この第二次ロンドン軍縮会議なのですが、日本としてはアメリカとイギリスに対して同等の軍備を持つこと(これまでの会議では概ね対英米7割)、そのためには全ての戦艦だけでなく、航空機を大量に運用できる新鋭の兵器として期待されていた航空母艦を全廃するというのも視野に入れていたという話も伝わっていますが、どこまで本気だったかはなんともわかりません。私としては歴史の結果から見てみればそれもよかったんじゃないかと思うのですが、国内の軍人にはかなりこの軍縮事態に反発する人も多かったらしいので難しかったのではないかとも想像します。
ともかく、日本としては軍備を縮小しつつ最大限英米との対等を実現することに固執しますが、これには英米はかなり眉を顰めます。基本的に日本は自国より少ない、これまで通りの7割程度を維持することを本会議前の予備交渉時点で要求しています。
どうにかこれまで続いてきた軍縮交渉もこの日本の固執から破たんする可能性が見えてきてしまいました。

この時、アメリカでは新型の戦艦ノースカロライナ級の建造計画が進んでいたのですが、この軍縮条約の結果が直接影響するため非常に迷います。この戦艦の建造の方針は大きく2つ。1つは既に日本は戦艦を新規で建造することはないものの、どうも今持っている古い戦艦達、特に高速を持つ金剛級戦艦、が強化改装が行われていることがわかったため、これに対抗すること(アメリカの戦艦はこれまで防御力を重視して20ノット前半しか出せない鈍足しかいませんでした)。もう一つは新たに登場した飛行機を運用する船、航空母艦に追随してこれを攻撃しようとする敵の船を撃退すること、でした。そのため、ノースカロライナ級には30ノットという巨大な戦艦としては高速が求められることになります。
さらに第二次ロンドン軍縮会議において、戦艦は主砲口径36cm砲までしか持てないことが概ね決まっていました。これまでの戦艦で最大の主砲口径は41cmでしたので、それよりも縮小することになったわけです。そのため、ノースカロライナ級も36cm砲装備として計画が進みます。41cm砲よりも36cm砲は小さく軽いので、1発当たりの威力は低く、それなら砲門数を増やそうと4連装砲塔にする計画も存在しました。実際、この条約が締結されるだろうと見込んで建造していたイギリスのキングジョージ5世級戦艦はこの36cm砲4連装砲塔を装備した戦艦として完成しており、若干遅れて進んでいた戦艦ノースカロライナの計画も同じような装備の戦艦として完成する…はずだったのですが、このわずかな遅れの時間の間に日本の固執から交渉が破綻する可能性が濃厚に見えてきたのです。

もし、日本との交渉が破綻したらどうなるのか?この場合、アメリカとイギリスの間でのみ軍縮条約が結ばれることになります。日本に配慮しなくていい分、英米は若干緩い条件で条約を結ぶことも考えていました。これは「エスカレーター条項」と呼ばれています。もし、エスカレーター条項が発動した場合、それまで36cm砲しか装備できない予定だった戦艦は41cm砲も装備できるようになり、船の大きさももっと大きくすることができます。

そんな紆余曲折の中、既に戦艦ノースカロライナの船体は船台の上で概ね組みあがっている状態でした。確かに計画の中に41cm砲を装備させた方がいいんじゃないか、という案はあったのですが、交渉は最後には締結できるだろうと予想している人も多く、36cm砲搭載案は根強く残っています。こんな状態から最終的に41cm砲搭載に推し進めたのは他でもないルーズベルト大統領の決断が大きかったと言われます。あまり他の国の首脳に比べて兵器開発に口出ししないようなイメージでしたが、やるときにはやるのかもしれません。この決定が出た時にはまだ正式に日本は脱退表明をしていなかったということで、歴史にifはありませんが、もし日本がすんでのところで第二次ロンドン軍縮会議に合意した場合、アメリカの新型戦艦が最悪廃艦になり、ルーズベルトにもいろいろと責任問題が発生していたことが考えられます。締結のデメリットは相変わらずの対英米7割維持と、数隻の戦艦の廃艦(戦艦大和も恐らく作るのは相当困難になります)、それ以外の艦艇の数と大きさの制限あたりですが、割と安いと思うのは私だけでしょうか……?
USS_North_Carolina_(BB-55)_underway_in_the_Gilbert_islands,_November_1943

さて、こうして半ば強引気味に41cm砲装備戦艦となったノースカロライナなのですが、短期間での変更は当然のように他へしわ寄せが来ます。36cm砲装備の予定だったところにより大きな砲を積むわけですから、当然重量が増します。その結果、速度は30ノットから28ノットで妥協。概ねできていた船体に装甲もそれほど施せず弱防御。仕方ないとはいえイマイチバランスの悪い戦艦として完成し、これには計画に携わっていた関係者が「当初の目的が捻じ曲げられて何がしたいのか良く分からない船になった……」とぼやいたという話が伝わります。
この経緯のため、日本も完全に脱退し、軍縮の縛りがなくなって戦争が始まることが濃厚になった時、アメリカはノースカロライナ級の改良型として同等の火力、同等の速力を持ちつつ防御力を改良したサウスダコタ級を計画。そして、金剛級をはじめとする自国より高速の日本の戦艦を圧倒でき、かつ空母の随伴も可能な本来の目的を達成し得る戦艦アイオワ級へと繋がっていくことになるのです。
一方、このようなアメリカ戦艦建造計画の流れの側で、広く知られているように日本は27-28ノットの速力を持ち、巨大な砲と重防御を誇る巨大戦艦大和の計画が進むことになるわけです。

第二次世界大戦の前には日本をはじめとする各国の果てしない軍事力増強があったというイメージがありますが、実際はどちらかというとどのように減らすのかという紆余曲折の交渉のもつれが響いています。
その結果、本当に欲しかったものではないものを持たざるを得なくなったりというのはあの巨大なアメリカであっても変わらないわけです。
若干端折り気味に書いてしまったので、もし詳しく正確に知りたい方は書籍を購入してみることをお勧めいたします。といっても大体は洋書になってしまいますが…。






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  1. 2017/01/28(土) 13:01:48|
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女性兵士戦記関連書籍の紹介

最近はツィッターの活用が増えていることもあり、いまいちブログの方には手が伸びなかったりしますね。
ツィッターの方があまり整理できていない小ネタ程度でも思いついたときに書けますし、順番を整理しなくてもよいので気持ちが楽、という面はとても大きいと思います。
とはいえ、内容が増えてきて長文になってくると、やはりブログの方が1長あるという気もしますし、ツィッターで書いたことも整理したりして並べるとこっちで改めて書いた方がいいということもままあります。

今回は、ツィッターでもたまにつぶやいている女性戦士の戦記関連ネタのなかで特にここ最近印象深いものをいくつかあげていきたいと思います。
例によって独ソ戦関連なのは、そもそも女性兵士はソ連ぐらいしかいないのに加えて、私の同人活動とも関連しているのですが、正直ここにあげているのはすぐには同人ゲームに使うような感じでもなく、ただ読みたいから、という趣の方が強いです。
戦記関連は絶版になって入手困難になりやすいものが多く、Amazonでも高価なものになっているケースがあり、お勧めしても手に入らないか、異様に困難ではあまり意味がないので、今回の3冊はその中でも割と手に入りやすいものを選んでみました。


「狙撃兵ローザ・シャニーナ―ナチスと戦った女性兵士」
 最近、本屋で平積みされていたので結構この本は目立っていました。シャニーナの名前は以前にソ連女性狙撃手を扱った本が出ていて、その中でも大きく扱われていたので彼女の来歴が従軍前からその最後まで描かれているとあって購入。
 内容は記録集というよりも記録を利用した小説、といった感じで、言葉もかなり現代日本人向けに意訳されているのではないかと思われる部分が多々あります。
 ただ、そのおかげで戦記関連では稀にみる読みやすさで、普通の小説を読むようにどんどんページを進めていけるので、ちょっと興味はあるけれどどれを読めばいいかわからない、とか、戦記は難しそう、という人にはお勧めできる一冊に仕上がっています。
 逆にシャニーナの付けていた日記からの引用は本の厚みに比べれば限定的で、本来はかなりの数の手紙のやり取りがあったと思われる宣伝将校(彼がシャニーナの日記を秘密裏に保管していたおかげで戦後日記がロシア国内で出版されることになった)関連は話の都合上後半の限定的なものに留まっており、後述するソ連女性狙撃手の本では扱われていたエピソードもこの本ではなかったりと、じっくりと記録を見たいという人にはあまり向かないものになっています。
 ソ連・ロシア関連の本は色々な事情から英語版も限定的だったりするので、せっかく原典である彼女の日記に触れられるのであったら、もっと紹介してもよかったんじゃないかと思い、そこだけが残念という感じです。
 しかし、記録を優先すると当然非常に読みにくく、馴染みのない単語を解説していくだけで本の厚さがとんでもないことになることも考えられるので、あくまでも興味のある人が入りやすいようにする、ということを目的としたものだと考えると十分どころか突出した出来だと思います。
 従軍してからも興味深いのですが、従軍前の学生時代の政治グループ(当然ソ連だけに赤い)での出来事、そして、それが後年にも彼女の日常に入り込んでくる、という下りは戦争を抜きにしても興味深い内容となっています。やっぱりというかなんというか、政治活動をすると同じ政治思想であってもしっかり警戒されてしまうのですね……。


「フォト・ドキュメント女性狙撃手: ソ連最強のスナイパーたち」
 先ほどのシャニーナの名前を見たのはこちらの本が最初で、シャニーナ以外にも史上最大の戦果をあげた伝説の狙撃の英雄リュドミラ・パヴリチェンコ、48歳という高齢にて従軍し多数の狙撃戦果をあげたニーナ・ペトロヴァ、逆に17歳という異様な若さで従軍したクラヴティナ・カルギナ、等々、個性的なソ連の女性スナイパー達(あと少しですが戦闘機エースであるリディア・リトヴァクも触れています)を何人も紹介しつつ、大量の写真、そして武器として使われたモシン・ナガン狙撃銃の解説など、"よくぞこれだけのものを綺麗にまとめた"と感心してしまうような出来になっています。
 特に文章だけだと分かり難いものも写真がこれだけ揃っているといまいち独ソ戦に馴染みがない人にも情景をイメージしやすいだろうと思います。こちらの方が全体的な戦場の流れの解説(レニングラード包囲戦がどういったものだったのか等)もありますので、先にこちらを読んでから他の本に行く、という順番でも全く問題ないでしょう。逆に個々の人物やエピソードをもっと知りたい、と思うとこれだけではちょっと不足することがあり、先のシャニーナにしても政治活動の下りはさらっと流されて終わりなので、それこそ戦場以外の部分はまた別途調べていく必要があります。
 ピックアップされたエピソードも楽しい物から悲惨なものまで色々で、それは非常に興味深いものも多いのですが、前後関係がちょっと分かり難いと感じるものもないわけではないので、ちゃんと誰にでもわかりやすいかと考えると多少厳しいようにも感じました。また、写真も基本的に当時のプロパガンダとして撮られたものですので、どうしても検閲を通った比較的見栄えの良いもの、になります。彼女たちの笑顔にはそれなりにバイアスがかかっているのだということもある程度踏まえたほうがいいので、この本だけで終わってしまうとそれはそれでもったいない、と思われます。
 できるのであれば、ぜひ、これを起点に、いろんな本に触れてもらえればと願います。


「戦争は女の顔をしていない」
 2015年にノーベル賞を受賞したスヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチ氏による女性兵士に限らず戦争中に看護婦や補給部隊として働いた多くのソ連女性たちの証言を集めたもの。余談ではありますが、毎回、村上春樹がノーベル賞を取れるかどうかに注目するくらいなら(取った際にだけ注目すればいいのであって……)、きちんと文学賞受賞者がどういうものを書いてきたのか紹介したほうが遥かにいいと思うのですが、どうなんでしょうね。
 元々、本はかなり前に出版されており、そちらの入手が困難だったのですが、その後、文庫版がでたので比較的入手は容易になりました。
 こちらはある程度カテゴリーに分けられてはいますが、全体にはとにかくあらゆる方面の人々から集めた当時の話を並べている、というもので、単語に関する解説も限定的であり、内容を全部理解するにはそれなりの知識が必要なのと、良くも悪くも心揺さぶられるエピソードがこれでもかと詰め込まれているので、人を選ぶ面があるだろうと思いました。
 なにしろ、ここに書かれている話の多くは何かしらの事情があってこれまで話すことができなかったか、政治的な理由でそもそも話すことが許されなかった、といった類のものですので、そうなる相応の理由が常についてまわるのですから、読むのが容易であるはずがないのです。
 いくつかのエピソードは上記のソ連スナイパーの中と類似するものがありますが、逆にこちらを読んだ後で見返すと上記で語られていたエピソードの別視点としてみることが出来たりと、深く楽しむことができます。
 筆者はこういった話を人から人へ、古い記録を丁寧に探し求めて収集し、さらに出版するに当たっても周囲の風当たりが強く、何度も挫折しそうになったことが冒頭に書かれています。今の日本人が読むには馴染みがない分、色々な難しい点があるとは思いますが、これを書き上げるには想像を絶する困難と努力があったことは容易に想像できます。
 一つ一つのエピソードは短く、紹介は即ネタバレになってしまうので書けないのが歯がゆいのですが、少しでも興味がわいたら是非手に取ってもらいたい一冊です。


 とりあえず、今回はこんなところです。
 また興味深い書籍なり、情報が入ったら逐次こちらかツィッターで紹介していきたいと思います。



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  1. 2016/02/29(月) 00:18:02|
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オットー・カリウス氏逝去

このサイトでも何度か特集してきたドイツ軍髄一の戦車エースにして、大戦中の様々なことを正確に伝えていたオットー・カリウス氏が今年1月24日に逝去されました。

ティーガー・アポテケ(虎薬局)
http://www.tiger-apotheke.de/

Apotheker Otto Carius entschlief am 24.01.2015 nach kurzer schwerer Krankheit im Kreise seiner Liebsten in seinem Zuhause und seiner vertrauten Umgebung. Wir dankem Ihm für viele wunderbare Jahre und die Existenz der Tiger-Apotheke.
Von telefonischen Beileidsbekundungen bitten wir höflichst Abstand zu nehmen. Für ihre Kondolenzen dürfen sie aber natürlich gerne den Postweg oder unsere E-Mail benutzen.

Für die vielen Kondolenzschreiben und die überwältigende Anteilnahme an seinem Tod sagen wir im Namen von Herrn Otto Carius herzlichen Dank! Einer seiner letzten Wünsche war, dass die Tiger-Apotheke ordnungsgemäß weitergeführt wird, diesem Wunsch werden wir natürlich gerne Folge leisten!

拙訳
薬剤師オットー・カリウス氏は2015年1月24日に彼の愛する人達と彼に近い人達に囲まれ、自宅で逝去いたしました。
私たちはこの虎薬局で彼と共にいた素晴らしい日々に感謝しています。
お電話による追悼はご遠慮いただいておりますが、e-mailや手紙での追悼は歓迎しています。

オットー・カリウス氏の名を借りて、彼の死に対する多くの追悼の手紙、悲しみの言葉に感謝いたします。
彼の最後の願いは虎薬局が滞りなく続くことであり、私たちは彼の願いを全うするよう尽力します!


彼の大戦中の戦果は目を見張るものがありますが、それ以上に冷静で実直な性格から語られる戦争の記憶は、我々戦争を知らない者にとって当時を理解する大変な助けとなりました。
この数年でもインタビューに積極的に答えているのを読んでいたので、突然の逝去に残念な限りです。
ご冥福をお祈りいたします。

その他の大戦を生き延びた第502重戦車大隊の仲間では、カリウスの相棒であり100両撃破のエース、アルベルト・ケルシャー氏は2011年6月12日に、同大隊で第二中隊の中隊長であり130両以上撃破のエース、ヨハネス・ベルター氏は1987年9月16日に亡くなっています。
また、現在作成中のクルト・クニスペルと第503重戦車大隊関連ではアルフレッド・ルーベル氏が2013年8月8日に亡くなっています。
ここほんのわずかな時間の間に大戦を生き残った戦車エース達は遠くへ旅立ってしまったのだと思うと、寂しい気持ちになりますね…。




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  1. 2015/01/31(土) 00:55:55|
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震洋について調べたことをつらつらと

WW2英雄列伝クニスペルの体験版までの作業に一区切りがついたので、日本戦争ゲーム開発さんより12月24日頃公開される特攻シリーズの最新作「震洋シュミレーター」のための3Dモデルなんぞを作っていました。
今回は3Dモデルを製作する中で震洋について調べたこと、特に震洋の各型の特徴を中心に書いていきます。
shinyo_b1.jpg
こちらがそのモデルになります。ダウンロードはこちらから>http://3d.nicovideo.jp/works/td17676
モデルそのものは非常にシンプルなのですが、製作に当たっての難関は資料が限られていることで、また巷にある書籍やインターネットのサイトで震洋を再現したとする模型や図にもかなりの間違いがあることがわかり、色々と当たりつつ可能な限り史実の姿に近いものを作りました。
この画像の震洋一型は唯一現存するものがオーストラリアの博物館に展示されており、写真資料が豊富なので一番正確だと思われます。
この一型の中でも初期型を再現しているのですが、特徴としてまだ量産性を考慮していないせいか非常に丸みを帯びた上部構造物を持っており、戦争末期とはいえ比較的凝った作りをしていることです。
爆弾は300kgを搭載、最大速度は23ノット。エンジンはトヨタ又は日産製のトラックのものを流用していたようですが、実際には同じような馬力のエンジン(70馬力)であれば手当たり次第搭載したようで、現存する震洋にもシボレーのエンジンが積まれていたそうです。
余談ですが、この現存する震洋121号艇はフィリピンのミンダナオ島に配備されていたのですが、戦後水上スキーを引っ張るレジャーボートとして使われていたのだとか。
一型初期は爆弾が大きいのですが、とにかくバランスが悪かったのと出力不足に悩まされていたそうで、すぐに改良型の製作が始まります。
ただ、調子が良くても23ノットはせいぜい40km/hそこそこですから乗用車が通常道路を走る程度の速度で敵艦に体当たりしようとするのは無謀の極みで、夜間に複数の船に分かれて奇襲をかけるというのが基本戦法でした。
問題は山済みとはわかっていても末期の日本の状況から多数が投入され、多くの犠牲を出しています。

shinyo2hikaku.jpg
さて、その一型を改良したものは一型改一と呼ばれています(画像右が一型改一、左が一型初期もしくは試作)。
こちらは現存するものがなく、写真資料も限られているのですが、幸いにも設計図が残っているのでモデルとしてはそこそこに再現可能なものでした。
shinyo_bp9.png
特徴としては一型の途中から行われていた船体構造を直線にすることを基本として生産性を高めるようにしたことと、バランスの関係から船体を短くして爆弾の搭載量を250kgに減らしたことです(1型の初期型も試作途中から搭載爆薬は250kgにした模様)。
また、一型は後期から敵艦船の機銃を破壊するためのロサ弾(いわゆるロケット弾)を装備するようになります。
ただ、揺れるボートの上で操作をして、まともな照準も付いていないため、命中する可能性はほとんどなかったのではないかと推測されます。
エンジンは一型より馬力が落ちて67馬力となっていますが、小型化のおかげか速度は同じ23ノットとなっています。

また、この一型改一に衝突用ガードを装備したものを一型改四と表記する資料もあります。
Shinyo_Type1_Mod4.jpg
このガード装備以外に何か変更はあったのか、電話線のようなものを張っているが、これは指揮官用なのかといった細かいことはわかりません。
一型改二と改三がなく、突然番号が四と飛んでいますが、この理由が明記された資料は見当たりませんでした。

8482298f.jpg
続いて、震洋二型です。
一型の最大の弱点である速度の遅さを解消するべくハイドロフォイル、すなわち水中翼を採用し、高速化を狙ったものです。
これにより一型改一と同じ67馬力でありながら30ノットの速力を実現しました。
しかし、実験の結果、実用に足らないと判断されて試作で終わり、実戦には参加していません。

shinyo5gata.png
続いて震洋五型です。
なぜか、三型と四型はその存在が確認できる資料が見当たらず、突然番号が飛んでいます。
一型の改良中に既に建造されていたようで、船体を拡大し、エンジンを2つ積んでスクリューと舵も2つ付け、操縦席も2人乗りになりました。武装は引き続き250kg爆弾と後部に装備したロサ弾、そして操縦席の前方に13mm機銃を付けたらしく再現模型や図ではついているものが多いのですが、写真や当時の設計図として残っているものは見つかりませんでした。
総合馬力が倍になったことで、約30ノットを出すことに成功しますが、資料によってはこの30ノットは継続的に出せるものではなく負荷をかけたほんの僅かな間しか出せないようです。
一型艇に比べると性能は良いのですが生産数も少なく、作戦行動できたものはさらにほんの一部に留まります。
資料は僅かに残る写真資料しかなく、船体の一部(特に操縦席周り)は推測で作っています。
Shinyo_Type5.jpg
この写真では衝突物突破用のガードが付いていませんが、他のいくつかの写真では装備しており、再現図にも描かれているものが多いためこの時点では外していたのだろうと解釈しモデルには採用しています。
中央のエンジンルームの上についているのは恐らく防水キャンパスなのではないかと思うのですが、形状は写真によって見え方が違うので、これも影の付き方から想像して作っています。
なお、震洋には後期には通信機が装備されているのですが、基本的に隊長の乗る艇以外は受信のみだったということです。

Shinyo Boats Types 6-7
次は震洋六型と七型です。
六型は一応写真は残っているのですが、以下のように大破した物しかなく、全容は不明でした。
Shinyo_Type6.jpg
七型はまともな写真すらなく米軍が書いたメモ書きの図面のみでしか姿を知ることができません。
どちらも、ロケットを使って超高速を得、体当たりを成功させようという同じコンセプトですが、搭載するロケットの種類が主に異なります。
六型は呂号ロケットを装備、二種類の船体が建造され、その一型で100ノット、二型で70ノットの達成を目指したものです。
一型は実験で50ノットまで達成しますが、推進ガスが漏れ出して火災を起こし沈没。
二型も波の影響で横転して大破してしまったそうです。
一方の七型は火薬ロケット装備で、こちらは70ノット達成を目論見ますが、実験で60ノットまで速度を上げたところで波の中に突っ込んで行ったとのこと。
結果として、超高速特攻艇はあまりにも危険であるということで不採用となってしまいました。

Shinyo Boat Type 8
震洋の最後の型はこの八型です。
資料がほとんどないのですが、分かっている範囲では船体を拡大した重武装型と呼べるものになる予定だったようです。
エンジンは3基。船体の左右には魚雷を積みます。船体後部にはロサ弾を装備。ただし、他の型にあるような前部に体当たり用の爆弾を積んでいないため、いわゆる体当たり自爆の特攻艇というよりは魚雷を至近距離で打ち込むことを目的にしていたのではないかと思われます。その意味ではロケット砲付き魚雷艇といったほうがしっくりきます。
しかし、エンジンを三基積んだにも関わらず、魚雷2本は重すぎたのか速度は22ノットしか出ません。
米軍の魚雷艇が40ノットを出していることを考えると実用になったとはとても思えません。
とはいえ米軍の魚雷艇PTボートは船体が倍以上大きく、航空機用の大馬力エンジンを積んでいるので、所詮自動車用のエンジンを流用している小型ボートの震洋とは比べ物にならないのですが…。



<参考資料>
陸海軍水上特攻部隊全史―マルレと震洋、開発と戦いの記録陸海軍水上特攻部隊全史―マルレと震洋、開発と戦いの記録
(2013/08)
奥本 剛

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陸海軍の特攻艇を扱った部隊記録集。
図面等の貴重な史料が付いていおり、各型の比較図なども貴重。
ただ、部隊記録は米軍との照合がなく、「駆逐艦撃沈」といった誤認も注釈なしにそのまま載っているのでこれを資料として使う場合は注意が必要。

日本特攻艇戦史 (光人社NF文庫)日本特攻艇戦史 (光人社NF文庫)
(2014/10/31)
木俣 滋郎

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海軍震洋と陸軍マルレを扱った本ではこれを読んでおけばまず間違いはないと思われる一冊。
戦果についても米軍の記録と照合し、正確に記載している。

海軍水上特攻隊 震洋―三浦市松輪にあった第五十六震洋隊岩館部隊の記録海軍水上特攻隊 震洋―三浦市松輪にあった第五十六震洋隊岩館部隊の記録
(2004/06)
第五十六震洋隊隊員有志

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  1. 2014/12/17(水) 01:58:58|
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クルト・クニスペルに関する資料集

topknispel.jpg

現在来年発売を目指して開発中の「WWII英雄列伝 "最強の虎" クルト・クニスペル」の公式HPが日本戦争ゲーム開発さんで公開されたのでここでも紹介しておきます。
URLはこちら。http://wargame.jp/main/ww2kuni/index.htm

それに伴って、以前参考資料を紹介しましたが、それ以外にもネットで見れるもの、および購入できるものを見つけたので、ここで改めて紹介しておきます。

参考資料一覧:
書籍:
Feldwebel Kurt Knispel: Der erfolgreichste Panzerschuetze und Panzerkommandant des 2. WeltkriegesFeldwebel Kurt Knispel: Der erfolgreichste Panzerschuetze und Panzerkommandant des 2. Weltkrieges
(2007/07)
Franz Kurowski

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第二次大戦中、最も多い戦車撃破数をあげた伝説のエース、クルト・クニスペルに関する貴重な伝記。
謎の多いエースの戦歴を細かく紹介しており、部隊の状況から日常の会話まで網羅している現状では最も多くの情報がまとめて書かれている一冊。


Panzer Aces II: Battle Stories of German Tank Commanders in World War II (Stackpole Military History Series)Panzer Aces II: Battle Stories of German Tank Commanders in World War II (Stackpole Military History Series)
(2004/10)
Franz Kurowski

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戦車エースの本は数多くあれど、この本ではヴィットマンやカリウスといった有名どころではなく、どちらかというとマイナーな戦車エース達を扱っており、知られざる英雄達の戦歴を読める貴重な一冊となっている。
歴史の影に埋もれてしまった英雄達の実像を知りたい人たちにお勧め。









ドイツ戦車発達史 (戦車ものしり大百科)
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PANZERGRENADIER DIVISIONS―1939-45 装甲擲弾兵師団 THE SPELLMOUNT VEHICLE IDENTIFICATION GUIDEPANZERGRENADIER DIVISIONS―1939-45 装甲擲弾兵師団 THE SPELLMOUNT VEHICLE IDENTIFICATION GUIDE
(2008/05)
クリス ビショップ

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国防軍の師団について装備からその部隊の塗装まで網羅した一冊。
各師団の戦歴についても触れているので、状況再現を試みたい時にすぐ確認できるため非常に便利。


重戦車大隊記録集〈1〉陸軍編重戦車大隊記録集〈1〉陸軍編
(1996/10)
ヴォルフガング シュナイダー

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ティーガー戦車を扱った全大隊の細かい記録が読める一冊。
写真も豊富で、資料価値が非常に高い。


ティーガー―無敵戦車の伝説 1942~45〈上巻〉
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Combat History of Schwere Panzer-Abteilung 503: In Action in the East and West with the Tiger I and IICombat History of Schwere Panzer-Abteilung 503: In Action in the East and West with the Tiger I and II
(2000/12/31)
不明

商品詳細を見る


ウェブサイト:
KURT KNISPEL Tankové eso II. světové války
URL: http://kurt-knispel.webnode.cz/
上記の書籍Kurt Knispelよりエピソードを抜粋、その他の情報や写真を加えたウェブサイト。
クニスペルの基礎知識を得るには非常に良い情報源。ただし、記載は全部チェコ語。

Město Zlaté Hory - Oficiální internetové stránky
URL: http://zlatehory.cz/
クニスペルの生まれた街であるズラテーホリのホームページ。
クニスペルのことには触れていないが、街の歴史では二次大戦時のドイツとの関わりなどが載っている。こちらもやはりというかチェコ語のみ。




テーマ:歴史上の人物 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2014/11/16(日) 02:21:27|
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