The Wizard of Science

人類学のこと、歴史・考古学のこと、航空機のこと、特許のこと、海外の言語や書籍、などなど、たまには横道にそれたりする長文が多めなブログです。

優秀な人:翻訳業界その知られざる話5

 所轄、商売は色々あれ、お金を払った人を楽させるものなのだということを最近になってようやく感じるようになってきた。
 それを人は色んな言い回しだとか、素敵な格好だとか、相手に対する態度とかでどうにか取り繕ってそれでなんとかやっていっているのだと、今更ながら思う。


 翻訳会社も翻訳を売って、お金を払う人を楽させてあげなければいけない。
 所詮、商売であり、ビジネスであるから、この前提は翻訳会社だって変わらない。

 だが、それは「良い翻訳」「良い翻訳者」の評価と矛盾するというジレンマが付き纏う。

 「良い翻訳」とは原文を正確に翻訳したもので、「良い翻訳者」はそれを実現させる人なのだろう。

 「正確な翻訳」とは翻訳会社が使う謳い文句であるが、本当に正確なものってなんなのだろうか?

 言葉はいくつもあり、そのどれかから正解を選ぶというのは非常に困難だ。
 実際に翻訳された本が翻訳者によって訳文が異なるというのは容易に見つけることが出来る。

 どれが正確かと言われて、実は明確な答えなどどこにもないのである。


 では、ビジネスにおける「正確な翻訳」とはなにかといえば、これは逆に決まりきっている。
 それは「客が満足する翻訳」である。

 その言葉がどんなに間違っていようが、客が満足さえすればそれは正確な翻訳であり、また逆にどんなに理論構築した上で言葉を選んでも客が気に入らなければ間違った翻訳なのである。
 もちろん、ある程度の共通意識はあるわけで、どう見ても間違っているものを正しいと言われることは稀なわけだが、言葉の認識における微妙なラインにおけるいざこざは常に付き纏っている。

 専門用語とかある特定団体のみ使用する語集なども考えるとキリがない。
 翻訳会社で大会社が建ちにくいのもこれが理由なのかもしれない。


 そして、「優秀な翻訳者」とは決して「専門知識を持ち、理論的に考えて言葉を選び抜くプロ」ではなく、「客の言うことに文句を言わずに対応できる人」なのである。
 どんなに知識があって、理論的に正しくても、客が満足しなければ駄目な翻訳者なのだ。

 はっきり言ってしまうが、通常のビジネスの形態をとる限り、翻訳者は自分の意思を持つことすら許されない。
 「本当にこれでいいのか?」と悩み続け、「自分は大したことない」と思い込み、「生きるために仕事を取る」という意識でなければ、翻訳者として存在し得ない。
 自分の翻訳に自信がある人ほど大抵は失敗する。


 翻訳は作業だと以前にも書いたが、そこまで割り切れる人間がこの業界に常にいるわけでもなく、ある種の理想を持って応募してくる。
 そして、客もなにかしらの妄想に近い理想を実現するために翻訳会社に依頼してくる。

 当然だが、両者の理想が実現するわけもなく、どちらかが妥協しなければならない。
 そして、妥協する側は決まっている。金を貰うほうだ。
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  1. 2009/04/16(木) 00:07:00|
  2. 翻訳関連
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