The Wizard of Science

人類学のこと、歴史・考古学のこと、航空機のこと、特許のこと、海外の言語や書籍、などなど、たまには横道にそれたりする長文が多めなブログです。

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ここにはないもの1

 最近のテレビを見ていると、4年前にただひたすら人気に任せて選挙をやっていた頃に比べて、随分とイギリスらしくなったな、と思います。
 例えば、選挙区の予想と獲得議席数が新聞の一面になることはありませんでしたし、政策がそれぞれの党でリストアップされて比較されることもありませんでしたし、また、選挙後の影響についても正負の両面が出るようになりました。

 ただ、極端からちょっとはマシになっただけで、実際は獲得議席予想は結構どの新聞もはずれましたし、政策を比較してもそれが大勢には影響しませんでしたし、選挙後の結果についてもとりあえず気にしない(もしくはする余裕がない)人が大半だったのだと思います。

 これは単純に政治家・マスコミ・国民の努力不足だと思われます。
 まぁ、国民が努力不足なら、それに追随してマスコミも政治家も努力不足になるのは当然なのですが。


 ちょうど、私がイギリスにいた頃も選挙で湧き上がっていた頃でした。
 そこではテレビの中でも、一般のパブの会話でも結構皆さんで議論が盛んでした。

 もう数年前になるのでうろ覚えになるのですが、そんなイギリスでは見たけど、日本では見ないタイプの論調をちょっと紹介したいと思います。


 税金は払って当然。

 日本では税金を支払うこと(とりわけ消費税)に非常に大きな抵抗があります。
 政治家が無駄使いするから・・・という意見もありますが、私は多分、色んなものが日本では結構タダで手に入ってしまうせいなのではないかと思います。

 それはビジネス戦略であったり、趣味に近い活動だから採算を度外視したりと色々あるのですが、例えば図書館がタダというのは普通に日本ではまかり通っていたりします。
 これは結構お笑いで、当然本を管理したり、貸し出しをする時にコストはかかっているのです。
 そのお金は誰が出しているのかといえば国であり、その国にお金を出しているのは私たちです。
 だから、図書館は正確にはタダなんかではなく、行く前からすでにお金を取られているわけです。

 また、この国では民間の提供するタダには「ビジネス的な何か」を感じとる人は結構多いのですが、公共機関となるとこれがなぜか「享受して当然のもの」になったりします。
 もっと端的に言えば誰がお金を出して、誰が使うのかといったサイクルに関して非常に無頓着であったりします。
 故に政府の予算の使い方にしても頓珍漢な論調が非常に目立ちます。


 特に税金を払わなかった場合のケースに関して、誰も考えようとはしない点はお見事です。
 視野の狭さだけはピカイチというか・・・。

 これは結構重要なことで、例えば英国で数年前にガソリンの値段が高騰した際にトラック業者がストを起こし、税金の緩和を訴えましたが、これには否定的な意見が結構出ました。
 なぜかといえば、彼らの税金を減らすということはその肩代わりがどこかに行くということです。
 税金が入らないのですから、今までどおりの国家運営を続けるとすると、どこか別のところから税金を取り立てる(もしくは国債発行して借金をする)か、逆に支出を抑えて公共サービスを削減しなくてはいけません。
 ガソリン税を減らした分の肩代わりが自分に行くと考えるとどうでしょうか?「さっさとストをやめて働け」という奴が出てきます。ちょっと考えれば当然のことです。

 これが日本だと国に訴えるとその肩代わりが国民に行くということを考える頭そのものがありません。
 国家が自分自身と直結しているという意識はないですし(つか、世界中を見ても欧米ぐらいなんだけど)、それゆえ、政府がまるでタダで働くなんでも屋のような取り扱いで、(使ったらゼロになるというとてつもない支出である)一票を投じることになります。
 これで良くなるわけがありません。

 先ほどのガソリン税の件に関しても、彼らに同情して「自分たちへの負担は増えるだろうけど、それでも仕方ない」という意見か、「いや、あいつらは我慢して働くべきだ」という意見に別れ、細かい理由を突き詰めて、どの程度税金を減らしてやるのか(またはしないのか)、そして減らすならどう補填するのか、といった部分へ話が行くはずなのです。

 と、いうのはここで私が言わなくても既にマスコミでも理解している人は多分結構いて、それゆえに民主党のマニュフェストに現実性があるのかといった論調を繰り返していたようです。
 ただ、悲しいかな、それが視聴者にどう関連があるのかが全然伝わりません。テレビ局にとって視聴者は間接的な客であり、その客は当たり前のように消費者意識でいるのですから、肩代わりのために税金を増やすと言ったら反射的に批判するだけです。
 こういう関係にある以上、客である視聴者を批判するようにはなりませんし、結果としてスローガンのように「現実性」を繰り返して何を批判しているのかすら曖昧であり、その理由を突き止めるまでに至りません。
 もちろん、その増やし方使い方に問題があると考えるならいくらでも言って良いのですが。

 まぁ、政府も政府でそれとは別にこっそりと使っていたり、逆に使うといって使わずに増やしていたりするわけですから、これはもう完全に論外です。
 ですが、それを追求するにしても、一人一人が考えて、頓珍漢な意見には容赦なく反論するぐらいにならないとどうしようもありません。


 なんだかネガティブな方向ばかり書いてますが、少なくとも今回の選挙で単純に好きだから嫌いだからで決めることがどれだけ危険なのかようやくその実例が目の前にでたことで、「考える」方向へと進んでいくのではないかと私は期待しています。
 
 将来が楽しみです。
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  1. 2009/09/05(土) 10:21:41|
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