The Wizard of Science

人類学のこと、歴史・考古学のこと、航空機のこと、特許のこと、海外の言語や書籍、などなど、たまには横道にそれたりする長文が多めなブログです。

引用はちゃんとしよう。

 実は以前某所に投稿したものなのですが、誰に対してでも必要な知識と思うので、こちらにも一部修正・加筆して転載します。

 よく言われる「著作権」という奴ですが、それとは別に私たちには「引用権」というものがあります。
 この2つはよく混同されがちで、引用に対して著作権侵害だとか、逆に引用ではないのに引用権を主張して実際は著作権を侵害している場合があります。
 簡単に言うと、「不当なコピーは駄目だが、参照して自分の意見を書く分には許可を取る必要はない」ということになるのですが、この具体的な定義や方法には色々な意見があったりして、それが混乱に拍車をかけているように思います。

 ただ、きちんとその権利に関する道筋というか、権利が存在する理由に関して一つ一つ丁寧に抑えていけば決して難しいことではありません。

 それをどうやって学習するかといいますと、これまた色々な方法が考えられるのですが、個人的には「反面教師」すなわち駄目な例を挙げた上で説明を加えていくのがよいのではないかと思った次第。


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 さて、「地球日本史」という西尾幹二氏が責任編集として書かれた本があるわけなのですが、その一巻目にある「スペインが恐怖した最強の敵・日本」という項目。
 これがまさに駄目な引用例です。

 ここにある記述は、よく他のブログ等でも見かける事があるのですが、その中から一つを紹介して検証します。

 以下は地球日本史170-171pより引用


 同じころ、別の者はフィリップ二世に書状を送り、マニラには二千人ものシナ人と日本人が留まっており、総督は退去させようとしているが、彼らは住民に庇護されている。フィリピンからは陛下はほとんど利益を得ていないが、周囲にはきわめて富裕で肥沃な諸地域があり、フィリピンは軍略上重要な位置にあるのである。

 シャム、ここは千名をもって征服できるし、カンボジア王国、ここはわれらの兵員の生活を負担することを申し出ている。交跡(コーチ)シナ(ベトナム南部)は一千五百名をもって平穏にすることが可能である。それらのいずれにおいてもスペインの領土を拡張することが容易である。スペイン国旗の下に、陛下の庇護下に、聖福音の使者たちが活動し、イスラム教や仏教を滅ぼして人々を改宗させることが容易である。以上のことが重要であるが、現下きわめて適切で必要な問題は台湾島の一港を占領することである。

 そう述べて、台湾の地理上の位置を説明し、「基隆(キールン)と称する一港を直ちに占領せねばならぬ理由は、台湾島の安全確保である。即ち、日本が速やかにこの島を征服にくるのは確実と考えられているが、日本人がこの島に入れば当地(フィリピン)は破滅する」(一五九七年六月)。


 ごらんの通り、アジアのあらゆる地域や国々の征服を容易と考え、アジア全域をなめ切っているスペインが、日本一国にだけはピリピリと神経を張りつめ、警戒おさおさ怠りない-これが当時の太平洋の情勢だった。


 黒字部分が引用しているところで、それを元にした結論が赤字になります。

 さて、これを読むと、アジアの国は簡単に征服できるが、日本が責めてくればフィリピンは壊滅するほど強い、と受け取れそうです。
 ですが、せっかくなので、この記述についてちゃんと日本語訳を書いた本も出ているので、並べて比較してみます。
 以下は地球日本史の著者が参照したパステルス「日本スペイン交渉史」157-159pにある上記の元となったと考えられるエルナンド・デ・ロス・リーオス・コロネールの報告書です。

 まずは最初の段落の引用元と思われるもの。


 多数のシナ人と日本人が商人を装ってマニラに留まっていることを国王陛下に報告し、彼らについて述べている。
「彼らは住民の心を捉える巧妙な術を心得ているが、いささかも油断できない。マニラに置いては彼らを退去させるように努力が払われているが、彼らがあらゆることに順応できる人々であるために、住民は彼らを庇護する。そこで彼らを自宅に泊まらせているので、市内に二千人がいる」と。
 その後にマニラの地の重要性に関する考慮について言及し、
「陛下がフィリピンからほとんど利益を収め得ないとしても、周囲には極めて富裕で肥沃な諸地域があって、陛下がそれらの君主となりえるよう所持が十分に準備されているのであるからフィリピンは重要な土地なのである」と述べている。



*地球日本史は内容を要約しているようであるが、総督が退去させようとしているとか、仮定の話のはずなのにフィリピンからは利益を得ていないことになっていたり、また勝手に「軍略上」とか言葉が継ぎ足されていたりと、しょっぱなからどうしようもない引用が目立つ。

 次の段落の引用元と思われる部分を参照してみます。


 更に「大陸の中に次のようなある地域を獲得する事が必要である。シャム、ここは千名を持って征服できるし、カンボジア王国、ここは彼らの費用で我らの兵員の生活を負担すること、及び必要な条件付きでその人員を我らに供給すると申し出ている。あるいは占城(Champa)。ここは三百名を以って。交趾シナ(Conchinchina)は千五百名を以って平穏にすることができる。これらはすべて同盟を結んでいるから、その何れにおいてもカスティリャの領土を拡張をすることが容易である。スペイン国旗の許に、(また)その庇護下に聖福音の使者であり説教者は、異教やイスラム教(mahometismo)を滅ぼして人々を改修させる事ができる。以上のことが重要であるが、現下極めて適切で必要な問題は台湾島の一港を占領する事である。


*地球日本史ではなぜか、同盟を結んでいるから、という文言を削除している。読めば分かるが直接的な軍事支配だけを言及しているわけではない事が分かる。
 また、コーチシナの漢字表記を地球日本史では間違えている。これは結構恥ずかしい。指摘する人はいなかったのだろうか?
 後、仏教と書いているが元の文では異教となっている、どうしてこうなったんだろう?

 最後の段落に対応するのは以下の文です。


 同島は、この(ルソン)島の末端、即ちカガヤン地方から北西三十六レグアあり、周囲は二百レグア、(南北)方向に(北緯)二十二度から二十五度にわたっている。そこからシナ大陸まで二十レグアに過ぎない。同所はこの(フィリピン)諸島の原住民に似た人々が住んでいる肥沃な地であること、シナから当市[マニラ]へ、或いは日本から他の地へ赴くのに通過せねばならないところであるから、船が立ち寄ると原住民はその(乗組員)を殺害し、剥奪すると、そこに赴いた者から聞いた。同地は肥沃で食物が豊富であり、港がほとんどない。しかし、日本寄りの頭部にあたるところの一港は非常に好都合であり安全であり、基隆(Kaylang)と称する。現在は何の防禦(施設)もない。一要塞を築き三百名(の兵員)を配置すれば当地方の全勢力を以ってしても敵対する事はできない。何故ならば、(港の)入り口が極めて狭く、砲をもって防禦できるからである。如何なる風も港の支障とはならず、(湾内は)広く、入り口は北東部に三百名ほどの原住民(indios)が居住する島で閉じられており、停泊するには極めて好都合である。忠実に描いたその港の図面を本書簡と共に陛下にお届けし、その位置なり場所を報告する。

 この港を直ちに占領せねばならぬ理由は、この島の安全確保である。即ち、日本が速やかにこの島の征服に来るのは確実と考えられているが、日本人がこの島に入れば当地(フィリピン)は破滅する。それは頑丈な土地であるあの港に要塞を構築されたならば、彼らをそこから追放することが非常に困難となるからである。彼ら(日本人)がそこに居を定めれば日々私たちを脅かし、この地を掠奪することであろう。しかも彼らは好戦的な人々であるから何ら救済する手段もない。更にこれ以外に重大問題がある。それはシナからこの市(マニラ)との貿易に来る船が日本人に屈服し、彼らを恐れて敢えて郷土から出なくなるであろう。そうすれば当市の貿易が廃され、当地は滅亡する。

 更に又、昨1596年に日本に行ったサン・フェリーぺ号から奪った巨額の財貨によって貪慾になっているから、日本人がそこ(台湾)へ来る主な目的は多分、当諸島(フィリピン)を攻撃することにあろう。台湾島をこの(日本という)野蛮人(barvaro)のなすがままに放置することは、スペイン人の名誉にとって不都合であるし、もしそうすれば彼らは何の損害も受けず、私たちの要塞の力を味わう事もなく、私たちを嘲笑するであろう。

以上の事情であるから、この通路を占領する事は重大である。陛下の如何なる目的にとってもこの島は極めて重要な階段であり地点なのである。」



*地球日本史では、台湾の地理上の位置を説明し、の一言で省略されている部分には実際のところかなり重要なことが書かれている。つまり、日本人の強さを恐れるというよりは基隆が"もし要塞化された場合"、非常に地理的に不利な状況に置かれてしまうというのがこの書簡で言いたい事の本質になる。

 また、破滅するというのはあくまでも貿易ルートを遮断される事でフィリピンの利益価値がなくなることであり、フィリピンの直接的な占領を恐れているわけではない。
 地球日本史においてはこの辺りを巧みに削除したり、ぼかしたりして、日本の強さを強調するよう文章を抜き出している様子が見られる。

 実際のところ、スペイン人たちは日本人を野蛮人と呼んではばからないし、情報もかなりあやふやで適当ななか、予測と妙な妄想から突っ走って報告している旨がひしひしと伝わってくるのです。
 当然、このような報告に対していちいち対応していられるほどスペイン本国も暇ではなく、日本の台湾征服などという情報のためだけに本腰を入れて軍事的対応をする事はなかったのであります。


 なんにしても、元の文に対して自分の意見に都合よく、文章を書き加えたり、逆に削除して違った理解を誘うのは決して褒められたものではありません。
 こういうものは引用権というもので担保できるものではないのです。
 そして、不適当な引用は結果として地球日本史という本そのもの、また責任編集である西尾氏の評価を大きく下げる事になるでしょう。



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  1. 2010/02/13(土) 13:24:32|
  2. ちょっと硬めな勉強のお話
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