The Wizard of Science

人類学のこと、歴史・考古学のこと、航空機のこと、特許のこと、海外の言語や書籍、などなど、たまには横道にそれたりする長文が多めなブログです。

一般人に専門・学術的なことを伝えることの難しさ

「ネアンデルタール人と新人サピエンスの交替劇」講演に行って来ました。
http://www.koutaigeki.org/11.18.html

 はっきり言って無料でやるのがもったいないぐらいの講演メンバーで内容もハイレベル。
 ただし、一般の人も来ることを考慮して、複雑な話にはせず、時間内に簡潔にきちっとまとめる辺りはさすがとしか言えないです。

 個人的にはオファー・バール教授の一言「中国東北部、朝鮮半島との境辺りでネアンデルタール人の化石が発見されても不思議ではない」というのはちょっと興味深かったです。
 実際問題として、単に中国での研究がまだまだ進んでいないだけで、能力的には彼らが東アジア末端まで辿りついてもなんら不思議ではないのですが、もし本当に見つかった場合は、それ以外の人類とネアンデルタール人との関係とかもクローズアップされそうで色々と興味深いことになりそうです。

 フェルドマン教授の教育理論。親から子への直接伝達に加え、集団内での広がりを持った教育がより広範囲かつ短期間の文化浸透を行う、というもの。これをネアンデルタール人との研究に適用しては?というものなのですが、個人的には出生段階から相当に異なり、更には成長速度も違う(ネアンデルタール人の方が成長が現生人類よりも早く脳成長も大きい)と考えられている彼らにこのモデルがどこまで通用するのかはまだ未知数。後は家族との関係とは言いますが、大家族が集合して一つの社会になっているような民族(例えばチベット高地の部族)だとどうなるんだろ?とか。
 個人的には直接伝達の期間の違いによる影響、文化維持のための定期的な教育システムの併用例、辺りが進めば適用と比較ができるかも?とは思いますが、この分野はあまり勉強したことがないのでめったなことは言えません…。どちらかというと数学を用いた理論解析なので、真っ先に物的証拠や実物との比較例を思い浮かべる私のような古典的なタイプには向いてない話かもしれません…。興味はすごくあるんですけどね。

 ミズン教授は邦訳版で出てる本が多いので多分一般的にも有名どころだと思うのですが、内容としては、ピグメント(彩色塗料)が見つかっただけでこれをシンボルの使用と看做すのは早計、というお話。個人的には特に疑問に思わず、そういえば色もシンボルになりえるよね、ぐらいに思っていたので、改めてそう言われれば確かに…という感じでした。過去に結構、色の使用=シンボル、高度な文化、みたいな論理で書いていた論文があったかもしれないので、ちょっと見直してみたいところ。

 ツオリコファー教授はその語り口がとても好印象でした。新生児のネアンデルタール人の頭骨が現生人類の頭骨に比べてがっしりとしているように見えたので、もしかしたら現生人類の頭骨と違って強度が高い?(現生人類の頭骨は産道を通る為に新生児の時点では割れている上に非常に柔らかい)と思ったのですが、3D再現でもまだ未発見部分が多そうなので断定は難しそうです。


 はてさて、そんな講演内容にどんどん詳しく言及していってもよいのですが、個人的に気になったのは公聴者の方。
 この手の一般無料講演会に参加したのは数回ではないので、これに限った話ではないのですが…やはり、どうしても答えにくい、というか答えられない質問が出てしまうのはいかんともしがたいのかな、と思った次第。

 私自身も緒戦は学部卒で専門の一端を齧った程度だからめったなことは言えないのですが、例えば頭骨の化石を研究している人に「ネアンデルタール人は話すことができたんですか?」と聞かれても非常に難しい。
 関連は確かにあるし、その手の疑問が尽きないのは分かるのですが、同時に難しさ、はある程度周知してもよいんじゃないか?と毎回思います。
 その手の質問は良く来るのかどの先生方も上手く立ち回っていた上にさらに話を膨らませられるからいいのですが、せっかくの限られた時間でちょっともったいない気もします。

 例えばその「ネアンデルタール人は話せたか?」という疑問に対しての一番の答えは彼らが話しているのを実際に観察すれば一発です。
 ですが、残念ながら彼らは現生人類が記録を残す以前に絶滅してしまっており、それは不可能です。
 そうすると、脳の大きさ、喉の形、高度な石器生成能力などから推察して、「多分話せただろう」ということぐらいしか言えません。残っているのは化石・石器ぐらいしかないわけですから。
 でも、もしかしたらそれでも我々の考えている「話す」とは程遠かったかもしれません。
 チンパンジーを始めとした類人猿はいくら他の動物より賢いと言われても、脳の大きさや喉の形が大幅に違うので"話すのは無理"と断言できるのですが、ネアンデルタール人ぐらいになると少なくとも私達と大差がないわけで、そうすると「話す」かどうかは文化的なコミュニケーション手段の種類の話になってしまいます。
 相手とコミュニケーションを取るのであれば、何かしらの音を出す、手話を使う、といった方法もあるわけで、また声は出したにしてもそこに文法・論理構築や様々な表現能力が加わらないと「話せる」とは言えないわけで、そうするとネアンデルタール人には「話せる生物的ポテンシャルがある可能性」ぐらいでとどまるんではないかと思います。
 FOXP2遺伝子という妙手もありますが、これはまたちょっと別の話。


 とどのつまり、やはり聞き手の知りたいことや知識のレベルに合わせた講演会というのが用意できれば、と思うわけです。
 大学だったら「勉強しろ」である程度済むんですが、そこから離れて会場を借りて一般人を集める以上、恐らくは上記の知識がある程度あるか、少なくともどの証拠からどうやって考えるか、そして、それにはどんな限界があるのか、という点に関して簡単な推測と論理構築が出来る上でないと、せっかくの講演内容が勿体無い、という気がするのです。
 無料とはいえ、数時間使うわけですから、せっかく来た以上、なにかしらの知識欲求が満たされないと公聴側も可愛そうです。
 本で読んだ有名な先生の講演に行って思い切って質問して、「それは答えるのは難しいです。~」で終わってしまうとしたらもう…。(大抵の講演では時間制限があって5~10分しかないから満足な答えになり難い)


 ただ、これは人類学に限った話じゃないんだろうなと思います。
 一般向けといいつつ、実は大してそうでもない話。そして、相手に合わせた説明の難しさ。
 一度入った知識や印象が邪魔をしてしまう可能性。
 それを踏まえた上での企画や運営方法の確立。
 本当に実現できなくとも検討したり、その内容がどこかで公開されないかな、と思っています。
  
 まぁ、研究に没頭するだけなら、こんなことは日常茶飯事なわけで、あえてこんな組織運営的ことを考えてしまうのもすっかりサラリーマンになってしまったせいかもしれませんけれど...。



 〆


 


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テーマ:進化学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2012/11/18(日) 21:22:49|
  2. 人類学
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