The Wizard of Science

人類学のこと、歴史・考古学のこと、航空機のこと、特許のこと、海外の言語や書籍、などなど、たまには横道にそれたりする長文が多めなブログです。

男女の思考の差という幻想

今回は、男女で身体が違うのは当前だけど、それを思考のレベルまで求めるのは違うのではないかという実に夢のない話をします。

よくある言説の一つに、「大昔、男は狩りをしていたので冒険的かつすぐに結論を求める思考に、女は子育てをするので保守的、周囲との協調を重視する思考になった」というものがあります。

実際のところ、これに対する科学的な根拠は全くありません。
なぜなら、そもそも、はるか昔男女で狩りと子育てが分かれていた、という直接的な証拠がないのです。
むしろ、発掘される人骨から、男女ともに相当な身体的疲労があったことがうかがえることから、男女問わず相当な肉体的労働を行った可能性が高いことが分かっています。

初期の人類の集団はあまり規模が大きくないこともあって、あらゆる労働はその集団内で掛け持ちしないとやっていけなかったと考えるほうが自然でしょう。
分業というのは比較的発達した大きな集団内でなければ成り立たないのです。
これは学校で大きな強豪部ではマネージャーや新入生がレギュラーの世話をしたりしますが、弱小部では全員で必要作業が分担されることからも容易に想像できると思います。
つまり、現実的な推測をする限り、大昔は男女関係なく狩りもやれば子育てもやっていた可能性が高い、と考えられます。
*この辺りは当ブログでも過去にwoman as huneterの項目でちょっとくどめに書きました。
ただ、昔は乳幼児には母乳を与えるしか術はなく、乳幼児は一日中頻繁に食事が必要ですから母親が常に傍にいる必然性がありましたが、ある程度大きくなってくるとこの限りではなかったでしょう。

なぜ、「大昔は男女で分業していたから」という言説が出たのかといいますと、昔の研究で、単純に現在の狩猟民族の社会をモデルにしたから、でしかなかったりします。
たまたま、現代に残っていた数少ない狩猟民族のほとんどが狩りと子育ての分業が多く見られたので、大昔もそうだったのだろうと想像したに過ぎないのです。
しかし、普通に考えれば、これらの現代に残る狩猟民族も過去から続く長い歴史の中で(先進国の社会から見れば小さいものの)少なからず変革を続けてきて"発達した社会"を持っているのであって、一概に大昔の生活のモデルとして見てしまうのは間違いであることがわかっています。 [男女の思考の差という幻想]の続きを読む
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テーマ:文明・文化&思想 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2015/03/25(水) 19:59:27|
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