The Wizard of Science

人類学のこと、歴史・考古学のこと、航空機のこと、特許のこと、海外の言語や書籍、などなど、たまには横道にそれたりする長文が多めなブログです。

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人間も動物の一つ

 よりにもよって台風のせいで楽しみにしていた祭りがパーになってしまいました。
 そんなわけで週末時間がができすぎてしまったのでインドア活動に励みます。


 今回のお話ですが、人類学の中でも生物学よりに考え始めた場合、どうしても避けて通れない「人間」という動物の扱いについてです。

 我々が人間である以上、人間は特別であってそれ以外の動物と区別するのは当然なのですが、どうしても自然界という枠組みで見る場合、人間はあくまでも動物の中の一つという扱いにしないと話を進められない場面というのが多々でてきます。

 さて、この「人間を動物として扱う」という事ですが、よく自然保護団体の方が仰る「人間も自然の一部なんだから、環境のことを考えて、生命を大切にしようと努力すべきだ」という話とは似て大幅に異なるものです。

 というのも、この「人間は自然を大切にしよう」というのは実は人間を自然と切り分けてでしか成り立たない考え方なのです。もっと言うなら非常に西洋的な観点に基づいているのですが、東西の文化論として書くのはまた機会を見てからにします。

 「人間」は「動物」であるならば、人間そのものは自然でありますし、その自然が起こす行動もこれまた自然の域を超えるものではありません。な~んか哲学的な事を言っているようですが、噛み砕いていくとそこまで難しい話でもなく。

 例えば、人間が工場を建てて車を作り排気ガスをバンバン流して環境を汚染したとします。これは一般的には「自然ではない」ということになりますが、人間という動物がその種の利益のために様々な自然物を加工し、その結果として発生したものですから、元を正せば全て自然だということになります。
 種の利己的行動で環境を変化させるのは何も人間に限ったことではなく、それこそ植物などは酸素を排出することで地球規模の環境改変を行っているといえますが、これを誰も汚染だとは言いません。
 実は「自然保護」なるものも、工業の廃棄物で環境が変わると人間を含む動物や植物の害になるから止めようというのがその本質であって、この人間の行動も結局は自己の利益を前提としたもので、まさに動物の本能に赴く自然の一部であるといえます。


 まぁ、結局は利益のためとはいえ、なにも咎める意識なんか持つ必要はなく、むしろ、下手に廃棄物を垂れ流すよりもきちんと管理してサイクルに乗せたほうが人間という種は長生きできるのでしょうから、非常に賢い選択といえます。だから、そのために多少プロパガンダちっくになったところで、非難するということもないでしょう。プロパガンダの意義について考えるのはどちらかというと社会学や政治学の話にずれこんでしまいますしね。

 とにかく、こういう人間のそれも近代における最先端技術を使用したものまでを自然行動の一部とみなして考えるのは、なにかとこの勉強をするのに役に立ったりします。なにしろ扱うものが「中途半端に人間」だったりもするわけですから、下手に人間と自然を分けると非常に説明がややこしいのです…。



 続けて人間という生物的な種について書いてみます。

 この種という分け方ですが、例えば犬の中にもハウンドやチワワやダックスフントといった種がありますが、これは厳密には種ではなくあくまで犬という種におけるバリエーションの域を出ません。見た目がいかに違っても生物学的には同じ種です。
 同様に人間も地域や気候によって様々な見た目の人がいますが、これもあくまで人間という種の中におけるバリエーションに過ぎないわけです。

 見た目は重要な要素ではありますが、それが全て生物的な種を決めるわけではありません。
 見た目の似ている大型犬と狼であっても、これは別種です。
 要素としては交配可能かどうかが非常に大きな要素となるようですが、状況によっては数世代続くこともあるらしいので一概に決めるものではなく、やはり複数の要素を元に種を決めています。


 さて、犬には今も狼という近縁の別種がいますが、人間はこの世界で孤立したただ一つの種です。
 今生きている種で一番近いのはチンパンジーですが、これでも相当離れています。

 ところが、かつては犬と狼の関係のように(厳密には議論もあって違うのだが)、人間にも近縁の種というのがいました。
 このブログでもとりあげたネアンデルタール人などはそういう近縁種になります。
 ネアンデルタール人は現代人と同程度かそれ以上の知能を持ち、発達した体格と文化の両面を持っていましたが絶滅してしまいました。

 このネアンデルタール人は決して一般的に今私たちが言うような「人種」の差ではなく、生物学的な別種として考えられています。どんなに見た目が異なっても「犬」という種類で同一と扱えるような差ではなく「犬と狼」程度かそれ以上と考えられるわけです。
 (注:交配とネアンデルタール人の遺伝子が現代人にも残っている可能性に言及した論文が発表されていますが、まだ詳しく調べ切れていないのでここでは割愛。)


 さて、犬であればマルチーズでもブルドックでもラバドールでも、やはり同じ犬。どれも人のパートナーとして触れることができる同じ種です。ですが、それが狼となれば話は全く別です。犬と同等の知能を持ち、社会性があるとはいえ、狼は犬とは全然違います。仮にその狼が人間に慣れた…としてもです。


 現代人とネアンデルタール人には同等の知能と社会性があると考えられます。しかし、犬と狼ほどに違う種であるこの2種が共存している…というのは単にアフリカ、ヨーロッパ、アジアの人間がそれぞれお付き合いするのとは勝手が違うのは間違いないでしょう。
 
 具体的にどうなのか…というのは断片的にしか残っていません。石器の作り方や埋葬方法が違うのは確認できていますが、我々人間が豊かなバリエーションの文化を持つ以上に、ネアンデルタール人などの絶滅してしまった人類は異なる文化や社会を作っていたはずなのです。


 冒頭で長々と人間を動物として扱うと書いたのはこの辺りの説明が非常にややこしいからです。
 そもそも、普通に生きているうえでは人間を動物の種として考える必要はありませんし、多くの学問では(たとえ生物学であっても)人間の違う種などという考え方をする必要はなく、人間と自然という分け方をしても特に問題になることはありません。むしろ、人間と動物を同一に見なして話すこと自体、下手したら失礼ですからね…。

 ここでは想像しやすいので犬と狼を用いましたが、厳密にはもちろん違います。こんなやり方で論文説明したらどやされてしまいますw。ただ、なんとかそういう"考え方"にも触れる機会があればと書いてみた次第ですし、今後ちょこちょこと人類学のニュースが入った時、この記事にリンクでも貼って参照できるようにすれば、少しははじめて読む人にも分かりやすいのではないかと思っております。


 〆
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  1. 2010/10/30(土) 12:39:00|
  2. 人類学
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:5
<<ネアンデルタール人は料理をしていた | ホーム | 軍事特許で日本が危険に?4[最終回]>>

コメント

普通になるほど納得という感じで分かりやすかったですよ。
親しみがある単語が多かったので(笑)
  1. 2010/10/30(土) 22:08:51 |
  2. URL |
  3. 武藤FP #AHyvoBr.
  4. [ 編集]

>武藤さん

おお!こんな辺境にコメントをありがとうございます!
そういっていただけると幸いというもの。

少しづつ分かりやすい文章を書けるようここで趣味のことを中心に練習していくつもりです。

ただ、それも大切だけど、さっさとゲームも作れよという(爆
  1. 2010/10/31(日) 20:08:32 |
  2. URL |
  3. Saizwong #-
  4. [ 編集]

Saizwong様

テストプレイでお世話になっております。
SiOと申します。
人類学について、門外漢ながら興味があり、毎回ブログを楽しみに読ませていただいております。

差し支えなければ、ご質問を宜しいでしょうか。
"犬"という動物は、本当に一つの独立した種として扱えるのでしょうか?
ネアンデルタールとサピエンスは数十万年のオーダーで系統として分かれているそうですが、犬は家畜化されてから1万年程度しか経っておりません。
ローレンツの著書(古い上にかなり主観的ですが)などを読むと、犬はジャッカルや狼との連続性を失っていない様に書かれています。

人間の犬に関する関心は極めて高いはずなのに、犬に関する生物学的(遺伝学・生態学の両面で)な研究は少ないように思います。
その当初から家畜として恣意的に交配された為、普通の生物学的な統計が成り立たない存在なのでしょうか?

本題とは若干離れた質問で申し訳ありませんが、ご意見などを伺えたら恐縮です。
  1. 2010/11/23(火) 22:29:15 |
  2. URL |
  3. SiO #-
  4. [ 編集]

>Sioさん

 こんにちは。
 こちらこそお世話になってます。

 全然、ずれていないどころかきちんとした指摘だと思いますよ。

 確かに犬は現在、狼(Canis lupus) の中の一つの亜種(Canis lupus familiaris)と考えるのが妥当なようです。
 そして、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)とサピエンス(Homo sapiens)とは別種と考える向きが現在も濃厚です。
 つまり、狼と犬は亜種の区別。ネアンデルタール人とサピエンスでは種の区別で、ご指摘のように2つには大きな差があるといって過言ではありません。
 年代では犬と狼で4万~1万年、サピエンスとネアンデルタールで10万~5万年の差があります。
 両者とも交配の可能性がありますが、少なくともサピエンスとネアンデルタールの差は犬と狼よりもずっと大きいことが考えられます。
 *年代の差が直接生物としての差に繋がるわけではないのですが、変化が発生しやすいことは確かなわけで。

 この事実を踏まえたうえで最初の「種と呼べるのか?」という質問に戻りますが、現在のところはそういう見解は少数でしょう。犬と狼は種の段階に行かない亜種が妥当です。そういうわけで私の話はどやされること間違いなしです。

 ただし、今後の研究や他の系統学の変化でまた分類が変わることもありえます。
 犬と狼を別種と扱っている書籍もあれば、ネアンデルタール人をHomo sapiens neanderthalensisとしてサピエンスの亜種としていたこともあります。
 種と亜種という分類は、あくまで生物をカテゴライズして理解しやすくするためで、状況が変われば犬を狼とは別種としたり、ネアンデルタールをサピエンスの亜種とする考えも再び浮上するかもしれません。系統学に詳しくないのでなんとも言えませんが。
 また、犬が家畜になる前から狼と比較的早い段階で分かれ始めていた可能性、及びネアンデルタール人が5万年以降も生き残っていた可能性も完全に否定されているわけではないので、言い訳がましいようですが、そういう考えもある・・・ぐらいに思っていていただけると幸いです。
  1. 2010/11/24(水) 15:32:39 |
  2. URL |
  3. Saizwong #aswhZyPU
  4. [ 編集]

丁寧にご返答頂き、有難うございます。
ヒトに関しても、犬に関しても、非常にややこしい系図になっているようですね。
分岐後の交配まで考えるときりがなさそうですが、それを解きほぐしていくのも系統学の楽しみなのでしょう。
  1. 2010/11/24(水) 22:58:00 |
  2. URL |
  3. SiO #-
  4. [ 編集]

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